イスラエルとイランの直接軍事衝突の行方
10月26日未明、イスラエル軍は「イランの軍事標的に対する精密攻撃」を実施していると発表した。
一方、イラン対空防衛隊は、イスラエルがテヘラン、フゼスタン、イラムの3州の
イラン軍の拠点を攻撃したものの、「統合防空システムはそれらの迎撃に成功した」と述べ、「被害は一部のカ所に限定された」との声明を出した。
同日午前6時(日本時間26日正午)頃、イスラエル軍は一連の攻撃が終了したと発表した。
これに対し、イラン外務省は声明で、「明確な国際法違反だ」と非難し、「外国の侵略行為から(国連憲章51条に基づき)自衛する権利と義務がある」と述べた。
現在のところ、イスラエルとイラン間での軍事力行使の応酬は、双方が軍事施設に限定した攻撃を実施した状態で止まっている。
26日のイスラエルによるイラン攻撃について、米国とイギリスは、イスラエルの自衛権の行使に言及した上で、イランに対し、次なる報復攻撃をしないように求めた。
これとは対照的に、湾岸アラブ産油国(6カ国)、ヨルダン、シリア、イラク、エジプト、レバノン、トルコ、アルジェリアなどの中東諸国に加え、パキスタン、マレーシア、インドネシア、モルディブ、ベネズエラ、南アフリカなどの域外国は、一様に、イスラエルによる攻撃は「イランの国家主権に対する公然たる侵害かつ国際法への違反」だと非難した。
こうした非難の声は、イスラエルがパレスチナ自治地区のガザ地区やレバノンなどで実施している軍事行動に対する国際社会の評価とも関連している。
以下では、一部の欧米諸国を除く国際社会からの厳しい非難があるなかで、イランへの攻撃計画を実施したイスラエルの事情について分析する。
また、イスラエルの攻撃に備え、新興諸国を中心にイスラエル非難の国際世論形成を図ることに努めたイランの外交についても振り返る。
そのことで、イスラエルとイランの軍事衝突の今後について考察する。
イスラエルによるイラン攻撃の背景
10月1日にイランから直接攻撃を受けたイスラエルが、20日以上経ってからイランの軍事施設に限定した「報復攻撃」を行った背景には、ガザ地区とレバノンでのイスラエルの軍事行動をめぐる国際社会の動きがあることは確かである。
ガザ地区情勢
イランによるイスラエル攻撃とイスラエルによるレバノン侵攻を境に、ガザ地区に対する国際社会の関心は薄れかけていた。その中、ガザ地区では、イスラエル軍が援助物資の搬入に再び制限をかけ、北部地域では飢餓状態が生まれていた。
こうした状況に対し、10月13日、米国のブリンケン国務長官とオースティン国防長官が、ガザ地区への援助レベルを30日以内に改善しなければ、数十億ドル規模の軍事支援の一部停止もあり得るとの書簡をイスラエル政府に送付した。
また、10月16日には、国連安全保障理事会で、米国大使が、米国はイスラエルがガザ地区で「飢餓政策」をとることがないよう監視していると述べた。
こうしたガザ地区の深刻な状況への懸念の高まりと、同日、イスラエルによりハマスのシンワル政治局長が殺害されたことが重なり、ガザ地区での停戦合意を求める声が国内外で強まっていった。
イスラエル国内では、10月19日、各地で停戦と引き換えに人質解放を求めるデモが実施された。
10月1日のイランからミサイル攻撃を受けて以降、イスラエルでは治安上の懸念を理由とした大規模集会は禁止となっていたが、それを破っての反政府デモとなった。
しかし、ネタニヤフ政権は、国際機関の警告、国際社会の懸念、国内の停戦を求める声を無視するかのように、ガザ地区中部ヌセイラト難民キャンプ、北部ジャバリア難民キャンプなどの学校や病院に対する攻撃を強化し、多くの犠牲者を出し続けている。
また、飢餓状態の改善への動きも鈍い。
レバノン情勢
イスラエルのレバノンでの軍事作戦も懸念される状況にある。10月10日、イスラエル軍が国連レバノン軍(UNIFIL)の人員や施設を攻撃する事態が起きた。
UNIFILは、1978年以来、レバノンとイスラエルの境界沿いの地域に展開しており、2006年に採択された国連安保理決議1701号に従って平和維持活動を行っており、50カ国が参加し、約1万5000人の隊員が兵力引き離しに関与している。
イスラエルは、このUNIFILに対し脅迫と物理的な侵害行為を行い、展開拠点からの退去を迫っており、10月22日にはUNIFILが一部の監視塔から撤退するに至った。
こうした国連の平和維持活動への妨害行為に対し、UNILIF参加国をはじめ国連加盟国の多く(レバノン領内でのイスラエルの軍事行動を擁護し続ける米国は除く)が懸念を表明している。
また、イスラエル軍がヒズボラを標的にしていると主張するレバノン領内での空爆の対象には、病院、学校、金融機関、民間住宅なども含まれており、9月16日以降の死者は1802人、負傷者は9330人に上っている(10月19日時点)。
さらに、イスラエル軍による退避命令の対象地域はレバノンの4分の1以上に及んでおり、120万人以上が避難を余儀なくされている。
こうした事態に、フランスのマクロン大統領を中心に国際社会は早期紛争終結の必要性を訴えており、10月24日にはパリで、70カ国、15の国際機関が参加する国際会議が開かれ、レバノンへの支援が協議された。
しかし、イスラエルのネタニヤフ政権は、ヒズボラの武力解除を停戦の条件としているため、戦闘が長期化する恐れもある。
2023年10月にガザ紛争が始まってから1年が経過する中で、イスラエルが宣言した「テロとの戦い」はエスカレートし、国際法や国連決議を軽視するイスラエルに対する国際社会の風当たりは強まっている。
米国のバイデン政権は、そのイスラエルを、政治、経済、軍事の面で擁護し続けてきた。
イスラエルのイランへの「報復攻撃」が限定的なものになったのは、このバイデン政権の強い働きかけがあったためといえる。
<限定的攻撃への政策転換の要因1:米政権が示した見返り>
ロイター通信などによると、10月1日のイランからイスラエルへの弾道ミサイル攻撃後、ネタニヤフ政権は、バイデン政権と反撃について協議を行った。
当初は、標的としてイランの核施設や石油施設が含まれていたが、中東地域での全面戦争への拡大や原油価格の上昇を懸念したバイデン政権が代替的な選択肢を提示したと報じられている。
米国は、イスラエルがイランの核施設や石油施設を標的から排除する見返りとして、イランの石油収入に打撃を与える同国の石油・石油化学製品の運搬に関わる団体や船舶への新たな制裁(10月11日に発表)と、高度防衛ミサイルTHAADのイスラエルへの配備(10月21日に発表)および米兵派遣のパッケージを提示したとされる。
また、欧州の同盟国にイラン航空への制裁を働きかけている(10月14日にEUが合意)。さらに、10月17日のイエメンのフーシ派の兵器保管施設を戦略爆撃機B-2で空爆したことも、これに関連していると指摘されている。
この他、10月26日のイスラエル軍の対イラン攻撃で注目されているイラク領内の米国の支配空域をイスラエル軍機が使用することもパッケージの項目に含まれていたとも考えられる。
以上のようなバイデン政権の一連の行動が、イスラエルが対イラン攻撃を限定的なものにとどめた直接的な要因だといえる。
<限定的攻撃への政策転換の要因2:効果的な標的の選択>
イスラエルの攻撃で標的となった施設を見ると、別の要因があることもわかる。
標的の1つは、イランがかつて行っていた核兵器開発計画で使用した建物で、そこには重要機材が保管されていた可能性があるとされ、仮に、イランが今後、核兵器開発を再開した場合にはこの建物を利用するとの見方がある。
2つ目の標的として、イスラエルは、弾道ミサイル固形燃料混合用の建物3棟と倉庫1棟を破壊したと指摘されている。
サウジアラビアのメディアは、今回の攻撃で、固形燃料を作る装置約20台が破壊されたと報じ、この装置はイランが独自に製造できないものであり、1台200万ドルもすると紹介している。
これらの施設の破壊により、ロシアや北朝鮮など外部からの技術協力がない限り、イランでの固形燃料を使用した弾道ミサイルの生産能力は大きく低下したと考えられる。
2つの標的は、イスラエルにとって、イランの脅威を低めただけではない。
第1の標的は、イランの核兵器開発の可能性に警鐘を鳴らしてきた欧米諸国にとっても望ましいものである。
また、第2の標的は、欧米メディアが報じているイランのロシアへのミサイル輸出の阻止に資するものであり、ウクライナでの戦局を懸念するNATO諸国の利益となる。
ガザ地区やレバノンなどで大勢の民間人を巻き込んだ攻撃を続け、国際的に非難されているイスラエルにとって、少なくとも欧米諸国からの非難を和らげる効果があったと考えられる。
イスラエルは、バイデン政権からの大きな見返りを受け、十分に国益にかなう標的を選んだ上での限定的攻撃だったといえる。
一方、イラン・イスラエル間の直接的武力行使をめぐるイラン側の動きは、イスラエルとは対照的に見える。
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メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
(この記事は2024年10月29日に書かれたものです)
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