中国の仲介によるサウジ・イランの国交正常化の影響
米国の2つの銀行の経営破綻、スイスのクレディ・スイス銀行の政府による救済などの金融不安から、原油価格は下落し、3月20日には2021年12月以来の安値(WTIで1バレル当たり65ドル)を付けた。
その後、欧米の銀行をめぐる新たな悪材料が出ていないことや、ロシアのプーチン大統領がベラルーシに戦術核配備計画を発表したこともあり、原油価格は3月29日時点では1バレル74ドル近くに上昇している。
原油価格の動向については、欧米の経済状況に影響される面が依然として強いといえる。
3月22日付ロイター通信は、石油輸出国機構(OPEC)加盟国と非加盟国で構成される「OPECプラス」関係者の話として、原油価格が需要の増加により今後数カ月で上昇すると報じている。
現在、湾岸地域のエネルギー資源国は脱炭素化に向けて産業構造の転換を進めており、その原資となる原油価格の下落は防ぎたいところだろう。
3月10日、こうした状況にある湾岸地域のエネルギー資源国に大きな変化が起きた。2016年から外交を断絶し、敵対的関係にあったサウジアラビアとイランが、中国の仲介で国交正常化に合意したのである。
この出来事は、米国のバイデン政権の「自由」「民主主義」にもとづく価値外交の限界を示すものになったと考えられる。
そこで、以下では、両国の関係正常化合意をめぐる関係国の動向を、
- 米国が脅威に対してとっている同盟国を含めた軍事力による拡大抑止政策の有効性
- ドル決済に代わる「人民元決済」の台頭
- 中東地域の変化
という3点から検討し、今後の国際秩序の行方を探る。
まず、サウジ・イラン国交正常化合意に至るまでのサウジ・イラン関係を概観する。
サウジ・イラン間の緊張の高まり
この数年、湾岸地域ではサウジとイランとの軍事的緊張が高まる事件が起きていた。
例えば、2019年6月13日のホルムズ海峡タンカー攻撃事件、同年9月14日のサウジ石油生産プラント施設攻撃事件が挙げられる。
前者の事件は、2隻のタンカー(日本企業およびノルウェー企業がそれぞれ所有)が無人機による攻撃を受けたというもので、その前月の5月にはオマーン沖で4隻のタンカーを標的とする攻撃が起きていた。
これらの事件の実行者が特定できない中、サウジ要人から「攻撃の責任はイランにある」「イランにはこうした事を行った歴史がある」などの言及があった。
さらに、米国がイランに対する攻撃を計画しているとイスラエルのマアリブ紙(6月17日付)が報じ、この事件が起きる前の5月5日、当時の米国の大統領補佐官(安全保障問題担当)のボルトン氏が、湾岸地域にB-52爆撃機4機を配備したと発表していたことで、同地域の緊張は大きく高まった。
この時は、ドイツのマース外相、イタリアのミラネージ外相などが慎重な調査を求めたことから軍事衝突へのエスカレートは回避された。
その3か月後の9月14日、サウジ東部のアブカイクとフライスにあるサウジアラムコの石油生産プラントが巡航ミサイル7発、ドローン18機による攻撃を受けた。攻撃の数時間後、イエメンのフーシ派(親イラン勢力)が犯行声明を出したが、米国は攻撃の背後にイランがいると主張した。
その後、9月23日には、イギリス、フランス、ドイツも攻撃の責任はイランにあるとの見解を表明している。イランは攻撃への関与を否定したが、米国とサウジはイランが関わっていると主張し続けた。
これらの事件から、サウジ・イラン間の緊張の高まりは、米国のトランプ政権(当時)の政策によるところが大きいことがうかがえる。
米国依存のサウジの安全保障に変化
トランプ政権は、2018年5月8日、イラン脅威論を唱えてイラン核合意からの離脱を表明し、経済制裁を復活させ、「最大限に圧力をかける」ことを実行していった。
その上で、同政権は、2019年には空母エイブラハム・リンカーンやB-52爆撃機を配備するなど軍事的な圧力をかけている。
米国は、中央軍の指揮下でバーレーンに海軍基地を、カタールに空軍基地を展開し、中東地域の安全保障を担ってきた。
また、サウジは、米国から高度な軍備装備品を購入し、防衛強化に努めてきた。
しかし、2019年に起きた事件では、海上の安全維持や国土防衛が、廉価な武器で、確定しきれない「敵」によって危機にさらされた。
その後も、主にイエメンのフーシ派からのサウジ領内への攻撃は断続的に起きている。
こうして、サウジの安全保障は、米国がイラン脅威論を唱え、対イラン経済制裁を強化し、さらにイランの革命防衛隊クドゥス旅団のソレイマニ司令官の殺害(2020年1月3日)によっても確保しきれないことが明らかになった。
緊張状態が続く中、2021年にサウジとイランは、イラクのカディミ首相(当時)のもとで秘密協議を開始し、イラクとオマーンで複数回の協議を行ってきた。
この協議が下地になり、2023年3月10日、中国の仲介で両国は国交正常化に合意した。
現在も、紅海、ソマリア沖、アラビア海での海賊対策や海上テロ対策など、連合海上部隊(CMF)や欧州連合海軍部隊などの多国籍の安全保障枠組みで米国の果たす役割は大きい。
この点では、サウジをはじめ湾岸アラブ産油国と米国との関係に大きな変化はない。
しかし、米国がイラン脅威論を掲げて湾岸アラブ産油国の安全保障に関与することができなくなった今、サウジと米国との関係も必然的に変わることになる。
サウジ・米国関係の変化は経済分野でも起きている。
米国のシェール革命の影響
2010年代は世界の原油市場が米国での「シェール革命」によって大きく変化した。
かつて米国は、世界の原油輸入量の約25%を輸入していたが、2021年には13%にまで低下している。
このシェール革命は、米国が湾岸アラブ産油国への関与を低下させる要因のひとつといえる。
米国での原油・天然ガスを生産する掘削リグの稼働が増加すると、エネルギー価格は低下するため、サウジはエネルギー資源国のロシアと共に、その動向を注視してきた。
現在のように、気候変動問題への取り組みとして脱炭素化が世界的に加速する前まで、サウジは、世界のエネルギー消費に占める石油・天然ガスのシェアが大きくなるよう価格を設定し、なおかつ世界の原油輸出のシェアでもサウジ産が大きなウェイトを占めるよう自国の生産量を調整してきた。
OPECプラスは、こうしたサウジと政策協調をはかってきたが、米国はこの政策協調には加わってこなかった。
さらに、2022年11月の米中間選挙を前にしたバイデン大統領は、原油価格の上昇を抑えるため、7月のサウジ訪問の際、サウジに増産を要請した。
その後も、米国は、原油価格を下降させるために戦略石油備蓄の市場売却を行うなど、ルール違反ともいえる政策をとっている。
以上のようにエネルギーをめぐる点からも、米国とサウジとの関係は冷え込んでいった。
一方、原油輸入量を大きく増やしているのは中国であり、2019年には世界の輸入量の19%を占めている。経済成長を続ける中国とサウジとの輸出入額は、2010年代中頃、米国・サウジ間の輸出入額を上回った。
2018年のサウジの輸出総額に占める割合は、中国が13.3%、米国が8.7%である。また、輸入総額に占める割合では、中国が15.9%、米国が13.7%である。
サウジの貿易に占める米国の割合の減少は、貿易取引方法と決済方法に影響を与えている。
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メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
全文を読みたい方はイーグルフライをご覧ください。
(この記事は 2023年3月30日に書かれたものです)
笹川平和財団 国際情報ネットワーク分析IINA掲載(3月7日付)の拙稿もご参照いただければ幸いです。
経済制裁下のイラン外交:
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