中東情勢の2025年の回顧と2026年の展望

2025年1月20日にトランプ氏が再び米国大統領に就任し、大量の大統領令に署名したことで、これまでの国際秩序が大きく変化しはじめた。
現在、国際社会は、トランプ大統領が歴史的記念日と述べた4月2日の相互関税の発表に見られるように、「パワー・バランス」を背景とした交渉の社会になっている。
この変化は、ウクライナ・ロシア戦争、ガザ紛争に負の影響を与え、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の防衛支出の拡大、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールなど湾岸アラブ産油国の武器購入の増加にもつながった。
また、トランプ政権は、温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの再離脱、世界保健機構(WHO)からの脱退など国際協調路線から撤退し、国際連合の活動にも深刻なダメージを与えている。
以下では、このような国際情勢のなかでの中東地域の2025年の主要な出来事を振り返り、同地域の今後の動向を展望する。
2025年の中東関連の主要な出来事30
- 1月9日 レバノンで、約2年間空席であった大統領が選出され、
第14代大統領に、同国軍司令官ジョゼフ・アウン氏が就任した。 - 1月17日 イランとロシアが「包括的戦略的パートナーシップ条約」を締結(発効は10月2日)。
なお、両国大統領は9月1日の上海協力機構首脳会議の傍らで会談を行った。 - 1月29日 シリアの暫定政府の大統領に「シャーム解放機構」(HTS)の指導者アハマド・シャラア(通称ジャウラニ)氏が就任した。
- 2月13日 シリアの平和構築に関する国際会議がパリで開催され、20カ国が参加した。
- 2月25日 シリア暫定政府はダマスカスで、新憲法、行政機構について協議する国民対話会議を開催した。
- 3月4日 米国務省は、イエメンのフーシ派を「外国テロ組織」(FTO)に指定した。
- 3月7日 トランプ大統領がイランのハーメネイ最高指導者に対話を求める書簡を出したと公表、
イラン側は3月12日に受理を表明した。 - 3月8日 シリア北西部ラタキア周辺で、暫定政府の治安部隊と旧アサド政権支持者らが衝突し、
1000人以上が死亡した。 - 3月26日 内戦下のスーダンで、国軍が「即応支援部隊」(RSF)が支配していた首都ハルツームを解放した。
- 5月4日 フーシ派がイスラエルのベングリオン国際空港にミサイル攻撃を実施し、6人が負傷した。
これを受け、イスラエル軍と米軍は、5日から6日にかけてイエメンとフダイダ港、
サナア国際空港などに報復攻撃を実施した。 - 5月6日 スーダン政府は、UAEが準軍事組織RSFを支援しているとして、
同国との国交断絶を表明した。 - 5月12日 トルコの非合法組織クルド労働者党(PKK)は、闘争終結と解散を宣言した。なお、10月26日には、PKKメンバー全員のトルコからイラク北部への撤退を発表した。
- 5月13日 トランプ大統領は、サウジ、カタール、UAEを外遊し、
ボーイング社の航空機や軍装備品の受注契約、多額の対米投資契約を締結した。
なお、同大統領は、14日にはサウジで湾岸協力会議(GCC)諸国首脳と協議し、
シリアのシャラア暫定大統領とも会談した。 - 6月13日 イスラエル軍は、イランの核施設と軍事施設を標的とする空爆を実施した。
イランもイスラエルに反撃し、12日間の直接交戦で多数の死傷者がでた
(死者数はイラン側600人以上、イスラエル側28人)。
また、6月22日 米軍もイランの核施設(ナタンズ、イスファハン、フォルドゥ)への攻撃を実施、
イランは報復として、カタールにある米軍基地アル・ウデイドを攻撃した。 - 7月3日 ロシア外務省は、2021年にアフガニスタンの実権を握ったタリバン政権を国際社会で初めて承認した。
- 7月13日 シリア南部スワイダ県で、ドルーズ派住民とベドウィンの武装勢力が衝突し、
およそ500人が死亡した。 - 7月23日 イスラエルの国会は、ヨルダン川西岸地区の併合を求める動議を
賛成71、反対13で可決した。 - 8月21日 フランス、イギリス、日本など22カ国の外相は、イスラエルに対し、
ヨルダン川西岸での入植地建設計画の即時撤回を要求した。 - 8月28日 イスラエルによるフーシ派への空爆で、フーシ派政権のアルラウィ首相と
数人の閣僚(エネルギー、外務、情報などの大臣)が死亡した。 - 9月9日 イスラエル軍は、カタールのドーハに滞在中のガザ和平交渉参加のハマス幹部を標的とする空爆を実施した。
これにより、ハマス関係者6人とカタールの治安関係者1人が死亡した。
このイスラエルの攻撃について、9月11日に国連安全保障理事会が、
イスラエルの名指しを避けた上で非難を表明した。 - 9月21日 イギリスとカナダは、パレスチナ国家を承認すると表明した。
- 9月27日 モロッコで、公共サービスのあり方に対する抗議デモが発生した。
5日間で409人が逮捕され、治安部隊263人、市民23人が負傷した。 - 9月27日 2015年の核合意を受けて解除されていた対イラン国連制裁が再発動された。
- 10月9日 イスラエル・ハマス間でガザ和平交渉が合意され、翌日に発効した。
- 10月13日 エジプトのシャルム・エル・シェイクでガザ和平会議が開催され、
米国、トルコ、エジプト、カタールの仲介で、
イスラエルとハマスは停戦および捕虜交換に関する合意文書に署名した。 - 11月10日 シリアのシャラア暫定大統領が、1946年のシリア独立以来初めてホワイトハウスを訪問した。
- 11月27日 5月に就任したローマ教皇レオ14世は、初外遊で、
トルコのアンカラ、イスタンブール、およびレバノンのベイルートを訪問した。 - 11月30日 イスラエルのネタニヤフ首相は、自身の汚職事件をめぐり、
ヘルツォグ大統領に恩赦を求める書面を提出した。 - 12月18日 トランプ大統領は、シリア市民保護法(シーザー法)にもとづく
対シリア制裁を解除する国際権限法(NDAA)に署名した。 - 12月22日 スーダンの暫定文民政府のイドリス首相は、
内戦終結に向けた包括的和平案を国連に提出した。
どうなる2026年の中東地域
中東地域には、2025年から積み残された問題、新たに発生した問題などがあり、2026年も紛争リスクが低いとはいえない状況が続く。
懸念される主な要因を以下に挙げる。
1.前途多難なガザ地区の平和構築
2023年10月に戦闘状態に入ったイスラエルとハマス等パレスチナ武装組織とのガザ地区での紛争は、2025年10月10日に停戦が発効した。
カタール、エジプト、トルコ、米国の仲介努力が実った停戦合意後、停戦条件である身柄拘束者および遺体の交換、イスラエル軍のガザ地区からの一部撤退は年内にほぼ終えている。
ただ、イスラエルのガザ地区での軍事行動は継続しており、停戦発効以降のパレスチナ人の死者は、12月18日時点で370人にのぼっている(2023年の戦闘開始以降の死者は7万300人以上)。
また、現在もガザ地区の住民は劣悪な人道状況の中で暮らしている。その最大の要因は、2025年3月にイスラエルが導入した国際非政府組織(INGO)の登録制度である。
この制度を担当するイスラエルの「ディアスポラ問題・反ユダヤ主義対策省」は、12月23日時点で約100件の申請に対し21件しか承認していない。このため、避難者の基本的ニーズを満たすための支援を届けられない状況にある。
冬期をむかえているガザ地区では、12月15日から16日にかけて豪雨となり、寒さのため凍死する乳幼児もでている。2026年に入ると、この状況はさらに悪化する懸念がある。
それというのも、12月31日までにこの登録制度で承認されていないINGOは、60日以内に活動を停止することになるからであり、すでに崩壊している医療体制が立ちいかなくなる可能性もある。
ガザ地区の平和構築プロセスでは、今後、
(1)「国際安定化部隊」(ISF)の展開、
(2)ハマスの武装解除、
(3)統治機関の設置、
(4)イスラエル軍の撤退が取り組まれることになる。
しかし、12月23日にはイスラエルのカッツ国防相が、イスラエル軍はガザ地区に留まり、兵農一帯の「前哨基地」を設置すると表明し、一方のハマス幹部ハイヤ氏は12月6日の時点で、武装解除は「イスラエルの占領が終わった際だ」と述べていることから、プロセスの進展は難航が予想される。
注目されるのは、停戦の仲介者であるカタールのムハンマド首相兼外相が、12月6日に「今が正念場だ」と述べ、「今の状況は戦闘の一時停止だ」として「人びとが自由にガザ地区に出入りでき、イスラエル軍が完全に撤退するまでは停戦は完了しない」と評価したことである。
そのカタールは、エジプト、トルコとともに、当面、ハマスの軽武装を容認する案を提示し、問題解決に努めている。プロセスへの国際社会の前向きな関与の動きも見られてはいる。
統治機関の設置では、統治を監督する「平和評議会」にカタール、エジプト、UAE、イギリス、ドイツ、イタリアが参加の意思を示していることに加え、「国際安定化部隊」(ISF)についてイタリアが派遣を検討しているとの報道もある。
ただ、平和評議会の運営責任者やISFのトップに誰が就任するかにより、参加状況は大きく変わることから、これらの仕組みづくりも簡単ではないと考えられる。
<「パレスチナ人抜き」のガザ地区復興の危うさ>
その中、トランプ政権は、ガザ地区の避難民の惨状や平和構築の進展状況など関係ないというように、ガザ復興計画「プロジェクト・サンライズ」の草案(32ページ)をアラブ諸国やトルコに示している。
12月19日付ウォールストリート・ジャーナルが報じたところによると、草案にはガザ地区を高級ビーチリゾートに変え、高層ビルが立ち並ぶハイテク都市が描かれている。
イスラエルの軍事攻撃を耐え土地を守ったパレスチナ民衆の思いは眼中にないようである。
2025年10月に「パレスチナ政策調査研究センター」(PSR)がガザ地区とヨルダン川西岸地区で実施した世論調査(約1200人が対象)では、「ガザ地区の苦境は誰の責任か」の質問への回答は、イスラエル54%、米国24%、ハマス14%となっている。
また、ガザ紛争における外国の対応への満足度が高い国は、スペイン35%、中国34%、ロシア25%、フランス20%となっており、米国は6%と低い(ガザ地区のみで見ると4%)。
この結果を見ても、トランプ政権がネタニヤフ政権とともに進めようとしているガザ復興が「パレスチナの人びと抜き」のものであるかがわかる。
2026年の大きな課題は、トランプ政権とパレスチナの人びととの隔たりを国際社会が埋めることである。
ガザ地区で、高級リゾート地区と狭く人口密度がさらに高いパレスチナ住民地区との分断が推し進められた場合、パレスチナ人の憎しみが解消されることはなく、再び暴力の連鎖につながる恐れがある。
2.ネタニヤフ首相の「大イスラエル」構想にひそむ危険
2025年8月12日、ネタニヤフ首相は国内メディアのインタビューで、「大イスラエル」構想に言及した。
それは、古代イスラエルの最大版図(エジプトのナイル川からユーフラテス川まで)を現代の国民国家イスラエルの領土として拡大する構想で、そこにはパレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区とガザ地区をはじめエジプト、ヨルダン、レバノン、シリア、イラク、クウェート、サウジアラビアの一部が含まれることになる。
当然、エジプトとヨルダンは、このネタニヤフ首相の発言を強く非難している。
ネタニヤフ首相は、インタビューで、自身は「世代を越えた使命」を追っていると述べており、2023年10月のハマス等パレスチナ武装組織による越境攻撃を受けて以来、ガザ地区のみならず、ヨルダン川西岸地区、レバノン、シリアへと戦闘を拡大してきたことの背景にはこの構想があることがうかがえる。
改めて2023年10月以降のイスラエルの行動を確認すると、まず、ガザ地区に関しては、パレスチナ人を南スーダン、エチオピア、リビア、インドネシア、ソマリア北西部(ソマリランド)などに移住させようと現在も画策している。
西岸地区については、国際社会からの激しい反対の声で20年間凍結されてきた大規模入植地建設計画(E1)を8月20日に承認している。
E1計画は、同地区を分断するかたちでユダヤ人入植者住宅約3400戸を建設するというものである。
そもそも入植地建設自体が国際法上、違法とされており、国際刑事裁判所(ICJ)は2024年7月に違法行為としてイスラエルに勧告的意見を出している。
ネタニヤフ政権は、それを無視し続けており、12月21日にはヨルダン川西岸地区で19カ所の新入植地の建設を承認した。
また、入職者グループによるパレスチナ人集落への襲撃事件も多発しており、2025年には、11月19日時点で690人のパレスチナ人の死者が出ている。
レバノンでは、2024年11月に停戦に合意したのもかかわらず、イスラエル軍は、ヒズボラの武装解除の遅れを理由に南レバノンでの駐留を継続し、レバノン国内への空爆を続けている。
さらに、11月14日には国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)が、イスラエルは停戦合意に基づく撤退ライン(ブルーライン)を越えてレバノン内に壁を建設していると発表し、撤去を求める事態ともなっている。
シリアにおいては、アサド政権が崩壊した2024年12月以降、イスラエル軍がシリア南部のクネイトラ県、ダルア県、ダマスカス郊外県の一部を占領し、ヘルモン山などに前哨基地9か所を設置している。
こうしたネタニヤフ政権の領土拡大志向は、2026年に2つの面で中東の不安定化の要因となりえる。
第1は、国際的に高まるパレスチナ問題の二国家解決に向けた動きを阻害し、パレスチナの抵抗運動を活発化させる可能性がある。
第2は、2025年に新体制となったレバノンとシリアの内政不安を高めることも考えられる。
・・・
全文を読みたい方は「イーグルフライ」をご覧ください。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
(この記事は2025年12月29日に書かれたものです)
関連記事
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