イスラエルのカタール攻撃の誤算 国際社会で孤立を深めるイスラエル

2025年9月9日、イスラエルが、ハマスの幹部を標的としてカタールの首都ドーハを空爆した。この空爆について、イスラエルは、前日、エルサレムでの6人が死亡した銃乱射事件(ハマスが犯行声明を出している)への報復だとしている。
ウォール・ストリート・ジャーナル(9月12日付)によると、同作戦では、イスラエル空軍のF15戦闘機8機とF35 戦闘機4機を投入し、紅海の北部から弾道ミサイルを発射し、宇宙空間に達する高度でカタールの防空システムを回避し、ドーハの住宅に10回以上の空爆が実施された。
犠牲者は、少なくとも、カタールの治安関係者1人とハマスの下級メンバー5人(幹部のひとりのハリール・ハイヤ氏の息子が含まれている)で、ハマスによると、イスラエルが標的としていたハマスの幹部たちは難を逃れた。
イスラエルは、カタールに対する攻撃ではなく、あくまでもハマスを攻撃したもので、テロ組織に対する行動であり、「完全に正当化される」と主張している。
一方、カタールのムハンマド首相兼外相は、「卑怯な犯罪行為」だと強く非難し、米CNNテレビで、「湾岸地域全体が危険にさらされている」と語り、「集団的な対応」が必要だと述べている。
この事態を受け、湾岸協力会議(GCC)加盟国首脳は、即座にカタールとの連帯を表明した。なかでも、UAEのムハンマド大統領(10日)、サウジアラビアのムハンマド皇太子(11日)は、カタールを訪問し、惜しみない支持を示した。また、GCC諸国以外のアラブ・イスラム諸国やフランス、イギリスなどからもイスラエルの軍事行動に対する非難の声が上がっている。
イスラエルは、カタール攻撃に前後して、9月3日にはレバノンとの停戦合意に違反する空爆を実施し、8日にはシリアのホムス、ラタキア、パルミラを空爆、10日にはイエメンのサヌアのフーシ派の拠点を空爆するなど、自国の安全保障のためとの主張のもと、国際法、国連憲章、国際慣習などを無視した軍事行動を強めている。
イスラエルのこうした行動の背景には、同盟国である米国による強固な支持がある。
以下では、中東地域において前例のない主権国家への侵害を公然と続けているイスラエルのネタニヤフ政権の軍事行動が、
・ガザ紛争の行方
・湾岸地域における米国依存の安全保障の信頼性
・GCC諸国の連帯にどのように影響するか
について考察する。
ガザ紛争の停戦交渉へのダメージ
イスラエルによるカタール攻撃はどのような時期に実施されたのだろうか。
9月7日にトランプ大統領がトゥルー・ソーシャルで、「これが最後の警告だ。次はない」とハマスにガザ紛争の新提案を提示したわずか2日後、イスラエルはハマスの返答を待たずに、カタールに集まったハマス幹部を標的に空爆を実施した。
では、カタールが調停努力をしていたトランプ大統領の新提案とはどのようなものだったのだろうか。
BBCはパレスチナ当局者の話として次のように報じている。
- 60日間の停戦の最初の48時間で、ハマスは身柄拘束者全員を解放し、
イスラエルはパレスチナ人収監者を解放する。 - 最初の2週間で、ハマスの武装解除、ガザ地区における独立した統治組織や
行政委員会の設立、イスラエル軍の撤退に関する取り決め交渉の実施、
人道支援の拡大を行う。
この新提案について、イスラエルのカッツ国防相は、9月8日、身柄拘束者の解放とハマスの武装解除がなければ、「ガザは破壊され、ハマスは全滅する」と述べている。
また、ネタニヤフ首相は、ビデオ演説で、ガザ市の全住民は同市から撤退するようにと警告し、翌9月9日、イスラエル軍がガザ市全域に退避勧告を出している。
一方、ハマスは、(1)紛争終結の明確な宣言、(2)イスラエル軍のガザ地区からの完全撤退、(3)ガザ地区を管理するパレスチナ人による独立委員会の設立と引き換えに、身柄拘束者の解放の交渉に応じる用意があるとの考えを示していた。
そして、カタールは、そのハマスに、新提案に「前向きに応じるよう」働きかけを行っているところだった。
この行為は、トランプ政権の新提案の意味を失くし、交渉役を担ってきたカタールの立場を傷つけ、ガザ紛争の交渉の枠組みに大きなダメージを与えた。
これまで、カタールは、米国の要請で、アフガニスタンのタリバンやハマスをはじめとするイスラム主義組織との交渉において仲介役を果たしてきた。
ガザ紛争の停戦交渉では、米国もイスラエルも、カタール国内のハマスの拠点の存在については承知しており、交渉を行う上で有効であったと考えられていた。
それにもかかわらず、イスラエルがカタール攻撃を実施した背景には、ハマスがドーハで、アルジャジーラなどの国際メディアを活用し、イスラエルの正当性を否定する国際世論やガザ地区のパレスチナ住民の救済を訴える市民運動のプラットフォームを形成していることがあるとも考えられる。
9月10日、ネタニヤフ首相は、カタール攻撃は2023年10月のハマスのイスラエルへの越境奇襲攻撃の首謀者を標的としたものだと主張した上で、「カタールはテロリストをかくまい、ハマスに資金を支援し、贅沢な住居を提供した」と批判した。
さらに、同首相は、「カタールや他の国々が保護下のテロリストを追放せず、裁きを受けさせなければ、われわれが行う」と述べ、さらなる軍事行動を示唆した。
このようなイスラエルに対し、カタールは、9月11日、アルジェリア、ソマリア、パキスタンの要請で招集された国連安保理緊急会合にムハンマド首相兼外相が出席し、イスラエルの攻撃は「カタールの主権に対する明白な侵害」であり、「ガザ紛争の和平努力を頓挫させる恐れがある」と非難した上で、調停努力を継続することを約束した。
一方、ハマスの幹部のひとりであるスハイル・ヒンディ氏は、13日に、「交渉を打ち切ることはない。しかし、交渉御メカニズムを再検討している」と述べた。
このような経緯を見ると、イスラエルのカタール攻撃は、ハマスによるガザ地区支配を終わらせるためとして、ガザ地区のパレスチナ住民の強制的避難を推し進めていることとも通底する。
ネタニヤフ政権は、交渉よりも戦闘の継続を望んでおり、カタール攻撃により、交渉による紛争終結の機運を著しく後退させることに「成功」したともいえる。15日には、ネタニヤフ政権が軍部の反対意見を押さえてガザ市へ地上侵攻を開始した。
その結果、紛争はさらに長期化し、犠牲者は増え続けることになる。2023年10月7日以降のガザ地区のパレスチナ人の死者は6万4871人、負傷者は16万4610人(9月13日、パレスチナ保健省発表)にのぼっている。
一方のイスラエル側では、9月14日、国防省がガザ紛争で2万人以上のイスラエル兵が治療を受け、1万人以上が心理的外傷後ストレス障害(PTSD)などの心理的症状があると発表している(45%が身体的、35%が心理的、20%が身体・心理両面の症状)。
なお、イスラエルメディアによると、イスラエル兵の死者は900人以上とされる。ガザ紛争は間もなく2年を迎える。ネタニヤフ政権が「テロリスト」(ハマス)の脅威を減らすためとの主張のもとで続けている軍事行動に対し、国内外からの非難の声は高まっている。
しかし、トランプ政権からの強固な支持がある限り、ネタニヤフ政権が軍事行動を停止することはないだろう。
米国による安全保障への信頼の揺らぎ
湾岸地域における米軍駐留基地には、クウェートにイラクとシリアでの米陸軍の展開を支援する陸軍中央の前方司令部(キャンプ・アリフジャン)、バーレーンに米海軍第5艦隊の本拠地があり、カタールには、西はエジプトから東はカザフスタンに至る範囲をカバーする中東地域最大の米軍基地である米中央軍の前方司令部のアル・ウデイド空軍基地がある。
また、UAEのアブダビにアル・タフラ空軍基地、サウジのリヤド郊外のプリンス・スルタン空軍基地で米軍機の運用支援が見られている。
このカタールのアル・ウデイド空軍基地は、1991年のカタール・米国防衛協力協定締結を踏まえ、カタールが1996年に10億ドル以上の費用を投じて建設したもので、イラク戦争、アフガニスタン戦争、「イスラム国」(IS)との戦いなどで使用されている。カタールにとって、アル・ウデイド空軍基地の存在は安全保障の確保の重要な要素である。
トランプ大統領は、2期目の就任後初の外国訪問先として、5月13日から16日にかけて、カタール、サウジ、UAEを訪問し、この3カ国からの総額2兆ドルの投資協定に調印した。
このうちカタールとは、総額2435億ドルの投資協定を締結し、その中には、米軍施設への100億ドルの投資、420億ドルの武器購入が含まれている。安全保障に関し、トランプ政権とGCC諸国との関係は強固であるように見える
しかし、この数カ月の間に、アル・ウデイド空軍基地をめぐり2回の重大事態が生じた。
1つは、6月23日に、事前通告があったとはいえ、同基地を標的とするイランのミサイル攻撃があったことである。もう1つは、今回のイスラエルによるカタール攻撃で、同基地の防空システムからカタール軍への通知がなかったことである。
そのことで、米軍による安全保障を疑問視する次のような論調が出てきている。
第1に、米国は、同盟国の安全保障に対し平等に関与しておらず、湾岸諸国の防衛よりもイスラエルの防衛を優先しているとの指摘である。
第2に、湾岸諸国などの米国の防衛装備品の主要顧客は、米国が供給する防衛システムでイスラエルからの攻撃を迎撃することができないのではないかという指摘である。
さらに、イスラエルのカタール攻撃に関する米国からの事前通知をめぐっても、米国への信頼の揺らぎが生じている。
イスラエルは事前に米国にカタール攻撃を通知したと述べ、ホワイトハウスのレビット報道官もトランプ大統領がイスラエルの攻撃が差し迫っていることをカタールに警告するようウィットコフ中東担当特使に指示したと述べている。
しかし、カタール政府は、「米国から電話がかかってきた時点で、ドーハではすでに爆発音が聞こえていた」と反論している。
米CNNニュース(9月10日付)は、トランプ大統領は攻撃直前に、イスラエルからではなくケイン統合参謀本部議長から事実を知らされ、直ちにウィットコフ特使に指示し、カタールに連絡を取らせたと報じている。
また、9月9日にネタニヤフ首相事務所が「攻撃は完全に独立したイスラエルの作戦」であると発表していること、トランプ大統領がSNSトゥルー・ソーシャルで「私の決定ではない」と投稿していること、ホワイトハウスの反応、CNNの報道などに鑑みれば、イスラエルと米国との間で攻撃に関する事前協議はなかったと考えられる。
ただし、一部報道によると、攻撃前日にウィットコフ特使がネタニヤフ首相の側近ロン・ダーマー氏と会談していることや、米国とドーハの米国作戦センター間の通信が、当日一定時間使用禁止にされたことなどから、両国間で事前協議がなかったことへの疑問も呈されている。
なお、9月15日に米ニュースサイトアクシオスが、イスラエル当局者7人の情報として、ネタニヤフ首相とトランプ大統領はミサイルがカタールに着弾する50分前に電話協議を行っており、トランプ大統領はミサイル攻撃に反対しなかったと報じた。
トランプ大統領は、攻撃後、カタールのタミム首長、ムハンマド首相兼外相と電話会談を行い、このようなことは2度と起こらないと断言すると伝えている。
一方のカタールはイスラエルへの報復を留保し、米国との同盟関係を維持する方向を示し、9月12日にはムハンマド首相菅外相がワシントンでバンス米副大統領、ルビオ国務長官と会談、夕刻にはニューヨークでトランプ大統領と夕食をとりながらイスラエル軍の攻撃問題、ガザ紛争について協議した。
ただ、カタールが短期間で2度も外国から攻撃を受けたことで、同国だけでなくGCC諸国内で米国の安全保障に頼ることへの不安感を高め、米国の武器輸出の市場となることへの疑問が生じていることは確かだろう。
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全文を読みたい方は「イーグルフライ」をご覧ください。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より一部抜粋しています。
(この記事は2025年9月16日に書かれたものです)