円安を招く日本の国際競争力低下
デジタル関連収支の赤字幅拡大はなぜ円安要因なのか?
歴史的な円安の背景に、国際収支のなかの、いわゆる「デジタル関連収支」の赤字拡大による需給面での円売り・ドル買いがあると言われる。
デジタル関連収支は、輸送収支、旅行収支などサービス収支のなかの「その他サービス収支」に分類されている、以下の3つの項目を合計したものだ。
- 知的財産権・著作権等使用料
(音楽・映像の配信に伴う各種ライセンス料など)の受払い - 通信・コンピュータ・情報サービス
(ソフトウェアのダウンロード代金、クラウドサービスの利用料)の受払い - その他業務サービス、専門・経営コンサルティングサービスの受払い
この3つを合計したデジタル関連収支は、2023年に5.5兆円の赤字となり、コロナ前の19年の3.9兆円から赤字幅が傾向的に拡大している。
だが、その一方で、2023年の日本の投資収益収支の黒字幅は34.9兆円と巨額だ。
貿易収支(2023年は6.5兆円の赤字)、デジタル関連収支を含めたサービス収支(同2.9兆円の赤字)、援助など移転収支(同4.1兆円の赤字)などは、それぞれ赤字だが、投資収益収支の黒字幅が大きいため、これらを合計した経常収支は21.4兆円の大幅黒字になっている。
経常収支が黒字だということは、日本の対外純資産がその分、増加することになる。
2022年末の対外純資産は418.6兆円だったが、23年末は評価損益を考えなければ440兆円程度(≒418.6+21.4)になっている計算だ。対外純資産の利回りは7~8%程度であるため、黙っていても、31~35兆円程度の稼ぎ(投資収益収支の黒字)になる計算だ。
原油価格が110ドル程度に上昇するといったことでもなければ、しばらくの間は、日本の経常収支が赤字化することは考えにくい。
そういう状況を考えると、国際収支のなかのデジタル関連収支だけを取り上げて、その赤字が円安につながっているという説明は説得力に乏しい。
世界の為替取引(BIS調査によれば22年4月の世界の1日当たり為替取引額は7.5兆ドル)からみても、年間5~6兆円程度(一日当たりせいぜい1億ドル程度)の赤字が需給面から為替相場に大きな影響を及ぼすとも考えにくい。
デジタル関連収支や貿易収支の赤字が為替相場に影響するのは、需給面でどうというより、こうした国際収支の動きが日本の国際競争力(経済ファンダメンタルズ)の強さを測る指標だからだろう。
つまり、最近の日本のデジタル関連収支の赤字幅拡大、貿易収支の赤字化は、日本の産業の国際競争力が低下していることを連想させ、それが日本売りにつながっていると考えられる。
かつての日本の比較優位産業は製造業だったが…
IT産業は今や米国経済を牽引する比較優位産業で、これに対し、日本のデジタル関連収支の赤字は拡大傾向を辿っていることからみて、IT産業は日本では比較劣位産業と言わざるをえない。
では、米国のIT産業に当たる、日本の比較優位産業は何か?
かつては、製造業が日本の比較優位産業だった。日本はモノ作りの国といわれ、日本製品が世界を席巻してきた。だが、今や、多くの日本製品は1990年代までのような競争力の優位を保てていない。
日本の主要輸出品の貿易特化指数をみたものが図1だ。
貿易特化係数は、各商品の輸出額から輸入額を差し引いた収支金額を輸出入の合計金額で割った数値であり、プラス1に近づくほどその商品が輸出に特化していることになる。逆にマイナス1に近づくほど輸入に特化していることになる。
これをみると、自動車、鉄鋼などの貿易特化係数は現在でも1に近く、輸出競争力の強さはさほど落ちていない。
その一方で、電気機器の競争力低下が目立つ。家庭用電気機器(冷蔵庫など)の同係数は、1990年代以降、急速に低下し、2000年代以降はマイナス1に近づき、ほぼ輸入に特化することになった。
半導体等電子部品の同係数も徐々に低下し、ゼロに近づいている。一般機械などの資本財についても、1980年代の同係数は0.7程度と高かったが、最近は0.3程度に低下している。
本来なら最近の円安が同係数の低下に歯止めをかけても良さそうだが、実際にはそうなっていない。
同指数が低下傾向を続けたのはなぜか?
まず、2001年のWTO加盟を機に、中国が世界経済に組み込まれた。低コストを利用した中国製品の輸出が世界を席巻することになり、中国は「世界の工場」として位置づけられるようになり、日本の相対的な優位が失われた。
日本の競争力が低下した3つの理由
日本の競争力低下は中国との競争に負けた結果とも言えるが、日本側でも以下の3点が同係数を低下させる要因になった。
(1)製造業の生産拠点が海外へ
第1に、貿易摩擦と1980~90年代の円高下で、多くの製造業が生産拠点を海外に移した。海外での需要は輸出ではなく、海外現地生産で対応するようになった。
この結果、円安でも日本から輸出が増えることがなくなった。円安でも生産拠点を日本に戻さなかったのは、いわゆる「ヒステレシス効果」と呼ばれる。
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2024/6/3の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。
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