ゾルタンポズサー【10】地政学リスクによるインフレが始まった!
前回の記事はこちら
【1】ブレトンウッズ体制3は起きるのか?
https://real-int.jp/articles/1932/
【2】米ドル時代の終焉と人民元時代の到来
https://real-int.jp/articles/1933/
【3】2023年 FXでの勝者と敗者
https://real-int.jp/articles/1934/
【4】2023年 何に投資をすべきか
https://real-int.jp/articles/1936/
【5】世界は新冷戦時代 2023年も60/40には戻らない?
https://real-int.jp/articles/1956/
【6】L字型の大不況とスタグフレーションの必要性
https://real-int.jp/articles/1960/
【7】予言どおりに世界情勢は変化
https://real-int.jp/articles/2006/
【8】「TRICKs」の脅威
https://real-int.jp/articles/2010/
【9】コモディティのスーパーサイクルが到来!?
https://real-int.jp/articles/2011/
中央銀行だけでなく、政治家の動きも追わないと、世界の中長期トレンドから取り残される!
ゾルタン・ポズサー(Zoltan Pozsar)氏が「戦争と産業政策」の次に読むべきとしているのが今回の記事「戦争とコモディティの負担」です。
M.B.A.時代の友人でN.Y.C.でヘッジファンドを運営している米国人の友人が来日したので再会しました。西原宏一さんからポズサー氏の記事を解説する仕事を提案していただいたおかげで、今後の世界情勢についてなど色々と議論ができました。
ポズサー氏は米国では有名でプロにも尊敬されており、その意見を参考にするファンド・マネージャーも多いそうです。しかし、日本では「ゾルタン・ポズサー」でググると検索結果は2ページだけであり、私の記事が2番目にあると話すと、非常に驚かれました。日本は世界第3位の経済大国であるのに、ポズサー氏が知られていないというのは、非常に憂うべき状況です。松島社長の仰るように、第三のメディアが必要なようです。
https://real-int.jp/articles/2027/
ゾルタンポズサー6で触れられていたように、米国一極体制から多極体制に移行する中で、今後は、投資家は中央銀行だけでなく、政治家の発言にも注目すべきだということです。中央銀行は政治家よりも世界情勢の流れについていくのが遅れ、中央銀行の動きしか追わない投資家は、大きなトレンドを見失ってしまうことになります。今回のOPEC+の減産を予想外としているのが良い例ではないでしょうか?
https://real-int.jp/articles/1960/
私のM.B.A.時代の債券トレーダーの友人もそうでしたが、ポズサー氏はトレーダーの方にはあまり知られていないようです。トレードの中でも短期中心のFXのディーラーである西原さんがご存知なのは、凄いことのようです。チャートやヘッドラインだけでなく、ポズサー氏のような中長期の世界情勢を追っているストラテジストの記事も読んでいるからこそ、西原さんは他のFXディーラーの先生方と、一線を画しているのではないでしょうか?
そしてポズサー氏によるとインフレは構造的で、すぐには収まりません。前回の記事にあった4つの産業政策(1.軍備増強、2. 自国へのサプライチェーンの再構築、3. コモディティ在庫の拡充、4. エネルギーのESG化)には想像もできないほどの費用がかかり、需要を押し上げるからです。中央銀行ができるのは利上げによるインフレの沈静化だけあり、政治家がより重要となってくるわけです。
https://real-int.jp/articles/2011/
イランとサウジの国交回復、中露首脳会談で、米中のデカップリングが決定的に!
この1ヶ月の間にも、実は様々な動きがありました。まず軍備増強関連ですが、3月2日のCNNの記事にあるように新START(新戦略兵器削減条約)履行停止を、ロシアが米国に通達しました。核兵器保有の上限は撤廃され、軍縮から軍拡へと方向転換されたのです。
3月10日のWSJの記事では、バイデン政権の軍事予算は過去最大といいながらも、高インフレのために実質ベースではマイナスだと書かれています。英文記事も色々と読んだのですが、共和党の軍事担当議員から批判が強まっています。
燃料コストの増大、給与増、武器の高額化(半導体などの部品価格が高騰、ミサイルなどは受注>供給)により、費用が急増しているため、必要な装備を揃えようとすると膨大な金額になってしまうようです。
ロシア対NATOに米中対立が加わる中で、記事にあるように米国民をいつまでも騙すことは困難でしょう。米国はNATOや日本に軍事負担をおしつける政策のようですが、中国が軍事費を増大させる中、さらに増やさざるをえないでしょう。
北京におけるイランとサウジの国交回復については後述しますが、実は中東各国の軍部増強に繋がる可能性があるようです。イスラエルは仇敵のサウジと友好関係を築きつつあったのですが、昨年末にネタニヤフ極右政権が成立、3月27日のBBCの記事では独裁に繋がる司法改革に反対した国防大臣更迭への全国的デモが起きています。
イランの核施設攻撃を訴えていたのですが、サウジに梯子を外され、中東で孤立化しています。イスラエル首相の行動には、同盟国の米国も憂慮しているようです。国内ではパレスチナ人と対立を続け、何度も中東戦争を引き起こしてきたイスラエルが民主国家でなくなり独裁国家になると、何が起きるのでしょうか?
3月15日のBBCにある、米国、英国、豪州によるAUKUSでの太平洋における原子力潜水艦共同運用は、非常に重要なニュースのようです。原子力潜水艦は海のステルス戦闘機のような存在であり、中国からの強い非難もそれが理由のようです。
3月28日産経新聞の記事にある日米比安保協議創設と共に台湾有事と中国の海洋進出を想定したもので、ポズサー氏の主張するウクライナと共に台湾も有事にあるという主張の証明でしょう。
前回触れた3月の米韓合同軍事演習、日韓首脳会談とシャトル外交合意(3月17日JETRO)もあり、米国は日本と韓国双方を歩み寄らせることで、韓国の西側陣営への繋ぎ止めには成功したようです。
しかし、これは北朝鮮を意識したものであり、対中国ではありません。韓国は日米比安保条約には参加をしておらず、やはり中国に譲歩しているのではないでしょうか?
他にも中東では中ロイランのオマーンでの軍事演習(3月15日ロイター)、欧州ではベラルーシへの戦術核配備(3月27日BBC)、アジアでは台湾の蔡英文総統の米国訪問と米国下院議長との4月5日会談の発表(4月3日時事通信)と反発した中国軍機の領空侵犯がありました。
こうした軍事関連の地政学リスクが、すべてこの1ヶ月の間に起きているのです。日本ではあまり取り上げられていないのが、不思議ですが、ウクライナ紛争が続く欧州だけでなく、世界中で高まっています。ポズサー氏の主張のように、世界各地で軍事費が増大する状況にあるのは確かなようです。
次は、ブロック化のニュースです。このゾルタンシリーズで最大の貿易相手国である西側諸国との関係を慮りロシアとの距離を置いていた中国が、昨年末の湾岸諸国との会談成功で、西側との距離を置く方向に舵を切るのではと予測してきましたが、ついに現実となってしまいました。
3月8日のロイターによると、オランダが中国へのさらなる半導体輸出規制を行うと発表していましたが、これが決め手となったのでしょうか?最先端でないDUV露光装置までも輸出禁止となると、半導体の製造は困難となります。
まず、3月10日に北京で、中国の仲介により、イランとサウジの国交回復が実現しました。シーア派盟主とスンナ派盟主としてイラン革命後に対立してきた両国ですが、モハンマド・パフラヴィー元国王(日本ではパーレビ国王)時代には親交があったのです。革命の波及を恐れて、サウジはイラン・イラク戦争中にはイランと断交、その後もイエメン内戦に介入するなど対立関係にありました。
これは、イランやシリアのシーア派だけでなく、スンナ派の湾岸諸国も中国やロシアとの協調を選択したことになり、西側陣営にとっては大きな痛手です。
さらに、3月16日にはインドとUAEがCBDC(中央銀行デジタル通貨)で共同実験を行いました。CBDC はゾルタンシリーズで紹介してきたように、中国を中心に、香港、タイ、湾岸諸国が参加してきました。中国との実験ではありませんが、国境紛争を抱える中国主導の実験に西側であるはずのインドが参加したというのは、実は大きなニュースです。
そして、3月20日には習近平主席がロシアを訪問、プーチン大統領とウクライナ紛争後初の会談を行いました。これで西側陣営と東側陣営とのデカップリングが決定化したといえるでしょう。
そして、その後各国首脳の中国詣でが発表されています。3月27日のロイターによると肺炎で延期されたようですが、ブラジルのルラ大統領が中国を訪問します。3月31日のロイターにあるように、スペイン首相が周主席と会談、バランスの取れた関係を希望するとのことです。貿易は続くようです。
3月24日のロイターで報道されましたが、4月5日にはフランスのマクロン大統領がEU委員長と共に訪中します。前回同様エアバスなど経済界トップも同行するようです。ドイツは既に11月にショルツ首相が訪中しています。
林外務大臣も日本人拘束を理由に、3年ぶりに中国を訪れています。筆者は日本のマスコミの会談は平行線だったという報道とは異なり、実は経済協力について話し合っていると推測しています。
日本のマスコミが報道しているように、親米対親中の対立では簡単に片付けられる問題ではないのです。中国は日本だけでなく、欧州にとっても、最大の貿易相手国なのです。
さらに、原油や天然ガス、レアアースなどのコモディティをロシアや中国など東側諸国に頼っているという面でも、産出国である米国、カナダ、豪州とは立場が異なるのです。
米中のデカップリングは決定的となりましたが、リセッションが迫り、コモディティの重要性が増大化するなかで、日本や欧州の中国とのデカップリングはますます困難になっているのではないでしょうか?
このように、中央銀行の動きに一喜一憂している他のストラテジストの意見と異なり、ポズサー氏の主張のように政治家の動きも見てみると、1ヶ月の間に今後の世界情勢に影響する出来事が沢山起きていることが理解できました。
ただし、ポズサー氏の論説は中長期が主体であり、特にFXにおいては各国中央銀行やFRB理事の発言、CPIや雇用統計のヘッドラインがいちばん重要なのは変わらないとお断りしておきます。ゾルタンシリーズ3で各国の今年の各国の利上げ幅を比較し、短期ではこちらが重要と書きました。
https://real-int.jp/articles/1934/
年初からの動きでは、利上げ幅が大きかった欧州通貨と米ドルが強く、コモディティ通貨であるカナダやオセアニア通貨は弱いです。コモディティ通貨が強くなるのは中期での話です。
しかし、雇用統計では雇用者数の伸びよりも失業率や平均時給の伸び、CPIだけでなくPPIやPCE、CPIでもエネルギーや食料品を除いたコアコアCPIなど、労働市場に影響する指標が重要視されるようになっているのは、ポズサー氏の指摘の通りです。
・・・続く
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