ゾルタンポズサー【1】 ブレトンウッズ3体制は起きるのか?
ゾルタン・ポズサー(ZoltanPozsar)とは?
ゾルタン・ポズサー(ZoltanPozsar)とは、FX界の第1人者である西原宏一さんが尊敬されているストラテジストです。現在はプライベートバンキングや投資銀行大手として知られるクレディ・スイスの短期金利チーフストラテジストですが、同社によるその経歴を見ると圧倒されます。
米国の中央銀行であるFEDの動きを追うFEDウォッチャーを経て、ニューヨーク連銀、米国財務省、世界金融システムの安定を目指すFSB(金融安定理事会)に在籍していました。
銀行以外の金融機関という意味から影の銀行と言われていたシャドー・バンキング。保険会社、年金基金、住宅金融抵当公庫、ヘッジファンドなどを指します。
高リスクかつ複雑で一般には理解しづらい証券化された商品を扱い、2007年のサブプライム住宅ローン危機から翌年のリーマン・ショックに繋がる世界金融危機を引き起こしました。
この世界金融危機においてニューヨーク連銀に所属していたゾルタンは、リースや不動産・学生・車など様々な消費者ローン担保とするABS(資産担保証券)を保有する投資家に対し、返済原資を担保された資産に限定するノン・リコース・ローンをFRBが提供するTALF(物資産担保保証証券貸出制度)の導入に主要な役割を果たしました。
TALF は2008年に発表、翌年導入されると、2010年の9月までには60%以上が完済され、世界金融危機を救うことになったそうです。以降、シャドウ・バンキングの監視や規制の実施に貢献、G7やG20において各国の財務相や中央銀行のアドバイザーも務めました。
毎年年初には恒例となる、当たることもあれば当たらないこともある、不確実な「〇〇年の予想」を発表する各投資銀行の著名なストラテジストとは一線を画す天才だということです。日本では、知る人ぞ知る存在、となっています。
1971年のドル・ショック以来となる今回の危機とブレトンウッズ3とは?
このゾルタンが、2022年3月に寄稿した記事内で語っているのが、ブレトンウッズ3体制です。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻とG7によるロシアの外貨準備凍結により、世界は新しい時代に入り、もう元には戻らないというものです。
今回の危機は1971年にニクソン政権が金と米ドルとの交換を停止し、米ドルと他の通貨との交換レートが固定相場制から変動相場制に移行されたドル・ショック(日本ではニクソン・ショックと呼ばれる)以来の危機だとゾルタンは主張しています。
理由は、前者が食料や貴金属、エネルギーなどのコモディティが不足する危機であり、後者が金の不足で起きた危機で、状況が同じだというものです。ドル・ショック後に起きたアジア通貨危機やユーロ危機、新型コロナウイルス感染症の世界的流行による危機などのように、単なる紙幣の増刷、債券の購入で解決できる金融危機とは異なるからだそうです。
世界は米ドルを中心としたブレトンウッズ2体制から、コモディティを中心とするブレトンウッズ3というべき新しい時代に入ったという説です。ここで、ブレトンウッズ体制とブレトンウッズ2体制について振り返ってみましょう。
1929年の世界大恐慌後の世界は自由貿易と金本位制を放棄し、米国のドルブロック、英国のスターリングブロックなど同じ通貨を使用する自国とその植民地の間だけで交易を行うブロック経済の時代に入りました。弱いブロックであったドイツやイタリア、日本は植民地を増やす方向に進み、戦争を引き起こしました。
この反省から、第2次世界大戦終了前年の1944年、世界貿易を発展させるために制定されたのがブレトンウッズ体制です。基軸通貨である米ドルのみが1オンス=35ドルという固定レートで金と交換でき、他国の通貨と米ドルとの為替レートは固定されていた固定為替相場制です。例えば日本との間では、1971年までは1ドル=360円でした。FXなど存在しようがない世界だったわけです。
ブレトンウッズ体制とは、大恐慌前の金本位制から、金ドル本位制への移行でした。流通量に限りがある金に代わって、米ドルを他国の通貨と固定相場にすることで、大戦で疲弊した米国以外の国家の経済を発展させるのに大きく貢献しました。
しかし、米国が世界全体を支えるのにも限界があります。ベトナム戦争による米国の財政赤字増大とインフレにより米国の金の備蓄が減少、体制の維持が困難になったのです。そして1971年のドル・ショック後に、世界は変動相場制に移行します。
その後は日本などアジアの工業製品の輸出国や中東の産油国は貿易黒字が増加し、輸入国である米国の貿易赤字が増加していきます。しかし、輸出に不利となる自国通貨高を防ぐために貿易黒字は米国国債の購入に向けられ相殺されることになります。
特に2001年に中国がWTOに加盟、世界の工場となると、自国通貨である人民元の為替レートを米ドルに固定するドル・ペッグ制度を実施します(2005年に1日の対ドル中間レートを0.3%変動する管理変動相場制に移行したが変動幅は小さい)。中東の産油国も採用しました。
この結果、米国は海外から流入する資金で国内投資を行い、GDPを成長させ、世界一の軍事国家としての地位も維持できました。これが米ドルを中心とするブレトンウッズ2体制と呼ばれるものです。
しかし、このブレトンウッズ2体制は、既にトランプ政権時代には綻びが見られていました。中国が2017年に一帯一路構想を発表、米国を追い抜き世界の覇権を目指すと宣言すると、2018年には米中貿易戦争が勃発、米国は次世代モバイル規格の5Gなどで中国企業への圧力を強めるようになりました。
さらに、新型コロナウイルスの流行で、安価な労働力を提供する中国をサプライチェーンの中心に据えたシステムが米国企業の業績に悪影響を与えるようになります。中国が2022年末までゼロコロナ政策を続け、工場の操業が何度も停止されていたからです。
こうした環境下で、ロシアによるウクライナ侵攻が開始されました。ロシアとウクライナは小麦の生産量でそれぞれ世界第4位と第7位です。紛争により輸入が減少したアフリカ諸国、特に干魃に苦しんでいたアフリカの角と呼ばれるソマリア、エチオピアでは食糧危機が起きています。
ロシアの天然ガス生産量は世界第2位で世界生産量のほぼ17%、原油は3位で12%を占めていました。ロシアに制裁を加えることで依存度が大きかった欧州は大きな影響を受けました。インフレは加速し、欧州も英国も秋には前年比10%を超えました。
インフレを抑制するため日本を除く先進国の中央銀行は利上げを開始しましたが、資源輸出国である米国においてさえも2023年はインフレ率が高止まりするという予測がここにきてコンセンサスとなっています。
欧州中央銀行は12月、2025年も目標とする2%を上回るという予想を発表しました。ゾルタンが主張するように、現在はインフレ時代の始まりに過ぎず、世界の資源不足が続く限りは終わらないようです。