豪ドルの行くえは新政権の対中外交にあり
意外に脆弱だったモリソン政権
豪州で5月23日、労働党党首アルバニージー氏が9年ぶりに保守連合政権に代わり、首相に就任した。
対中強硬路線を取ったモリソン首相の退陣は、日米印との協力枠組み「Quad(クアッド)」の結束に影響する可能性を早くも懸念する向きが出てきた。
豪ドルは選挙結果を反映した23日の時点では、折りからの米ドル安から、1豪ドル=0.7107ドルと前日(20日)の0.7039ドルと1%近い上昇となったが、現時点で新首相、新政権の全体像を織り込む状況にはない。
海の者とも山の者とも、政策や方向が全く定かでないからだ。
ただ、間違いなく評価の柱となるのは対中国政策であろう。
労働党はモリソン政権の強硬路線を維持すると主張しているが、過去に中国に対して融和的だっただけに、党内には親中的な意見も根強くある。中国がクアッド切り崩しのため、労働党に秋波を送る可能性もあり、アルバニージー首相の出方が注目される。
それにしても、モリソン政権の下野は意外だったかもしれない。とかく外為市場関係者はオセアニア通貨の尺度と背景について詳細を追う向きは、ほとんどいない。対中関係だの資源価格、政策金利、マクロ経済ぐらいを並べて豪ドルやNZドルの売買を探るのが一般的。
したがってモリソン政権の内政状況なんぞ関心がない。その意味では日本円の尺度も似たようなもの。米ドル、ユーロ、ポンド以外の「アザカレ」(其の他通貨)の持つ宿命なのだろう。
5月21日、豪州で総選挙が実施された。同国では2019年以降、同国史上最悪とされる森林火災が発生したが、モリソン政権による初動対応の遅れが被害拡大の一因となったとして支持率が低下するとともに、森林火災や洪水被害の元凶とされる地球温暖化問題への対応が注目を集めてきた。
さらに、一昨年来のコロナ禍を巡っては、同国では度々感染が拡大する事態に直面するとともに、感染拡大の中心となった同国第2の都市メルボルンでは世界最長のロックダウンが実施されたほか、最大都市シドニーでもロックダウンなどを通じた行動制限が課せられるなど、経済に深刻な悪影響が広がった。
当初はワクチン確保に手間取り、接種率は主要国のなかでも低水準に留まったものの、その後は加速化が進んだことで強力な行動制限を課す「ゼロ・コロナ」から「ウィズ・コロナ」への戦略転換が図られた。
しかし、こうしたコロナ禍対応はモリソン首相及び与党・保守連合にとって逆風となる展開が続き、昨年以降に実施された世論調査においては一貫して野党・労働党の支持率が、保守連合を上回ってきた。
また、昨年後半以降は原油をはじめとする国際商品市況が底入れしたほか、コロナ禍を経た生活様式の変化も相俟って不動産価格も上昇傾向を強めるなか、足下ではウクライナ情勢の悪化も追い風に幅広く商品市況が上振れしてインフレは大幅に上昇するなど、コロナ禍からの景気回復は道半ばのなかで家計部門を取り巻く状況は厳しさを増している。
結果、年明け以降の世論調査では野党・労働党が支持率を高める一方、モリソン政権及び与党・保守連合の支持率は一段と低下するなど、選挙戦を巡って苦戦が予想されてはいた。
ただ、一方の労働党もドラスティックな環境対策が国民の忌避を強め、且つ労働党議員が中国共産党と関係の深い中国人富豪から巨額献金を受けていたことが明らかになったという。これまでの経緯から勝敗は際どい差になると予想されていた。
対中国腰抜け外交の悪夢も
アルバニージー政権下では、モリソン前政権と違って豪ドルの行くえを「対中外交」に柱を置く必要がある。
労働党は1972年に中国と国交を結んだ(米国に同調)際の与党で、経済の連携強化を進めるなど対中融和姿勢を取ってきた。
現在の労働党は基本的に人権問題や覇権的な海洋進出について中国に批判的で、選挙戦ではクアッドや米英との安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」の重要性に触れ、「親中」との評判を払拭するのに躍起となってきた。
だが、党内からは中国との親密さも見え隠れしている。副党首は2017年、「中国は疑う余地なく、善の力である」と褒め、中国習近平国家主席を「大きな影響力を持つ指導者だ」と持ち上げていた。副党首をめぐっては過去5年間で10回、中国大使館関係者と面会していたことも報じられた。
労働党出身の重鎮では、キーティング元首相が昨年11月、「台湾有事は豪州の重要関心事ではない」と中国への融和姿勢を隠そうとしない。ボブ・カー外相は、中国との親密さから、「北京ボブ」の異名を取り、モリソン政権の対中強硬姿勢が「中国との関係悪化の一因だと批判している。
豪州では中国による政界工作疑惑や通商面での圧力によって、反中感情が急速に高まっている。豪シンクタンクの調査によると、中国を「安全保障上の脅威」と見る国民は、2015年の15%から21年には63%と急増している。
アルバニージー首相自身が、5月24日の「クアッド首脳会議」に出席した直後から中国接近を図るとは考えられないが党内情勢からは危うい構図と言えよう。中国にとって米国が進める「対中包囲網」の一翼を強固に担っていたモリソン首相の退陣は朗報だといえる。
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(この記事は 2022年05月25日に書かれたものです)
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