日経平均株価3万円大台は危険ゾーンか
外人買いが実像
「株価は8カ月~1年先の景況を先取りしているんですョ」と証券アナリストはしたり顔で解説するが、一寸先は闇とされる激動多き国際社会を株価が「予言」できるのか、という率直な疑問にはさすがに答えられない。となると、結局のところ大きなリスクを覚悟の上で投資家は「分散投資」の一角として、市場参加していくしかない。
ただ、これからお伝えすることでもあるが、現状が日本株価の天上ではないか、とする見方は必ずしも根拠が定まっておらず、必要以上に懸念することもないのではないか。
まず、明白にしておくべき客観データがある。
日本の家計の金融資産は現在1900兆円超と史上最高水準にあり、そのうち現預金比率は54.2%(2020年末)に達していることだ(米国は13.7%、ユーロ圏34.9%)。
株式等は9.6%(米国32.5%、ユーロ圏17.2%)にすぎない。
しかも、現預金はコロナ禍が始まってから昨年末までに、30兆円程度も急激に積み上がったことが確認されている。
1989年12月の株価ピーク(日経平均3万8915円)以降の「バブル崩壊」と、2008年9月の「リーマンショック」で7054円まで下げ続けた株価が、実に22年半後に3万円まで回復したことになる。
しかし、1989年以降の「失われた30年」の間、個人の株式市場に対する信頼度が回復することはなかったし、「貯蓄から投資へのシフト」が芽生えることもなかった。
今回の日経平均3万円大台乗せ近辺でも、国内投資家は、こぞって売却で対応し買い手は海外投資家のみという構図になのである。
それはそうだろう。バブル崩壊で売却する機会を失った方々やリーマンショック前に投資したまま、梯子を外された方々が「ヤレヤレ売り」で老後資金をようやく手元にしたのである
過剰流動性だけではない背景
では、今回の買い手役となった海外投資家(圧倒的に機関投資家)の今後の動向はどうなのか。これこそが本稿の主テーマである。
新型コロナウィルスによるパンデミック(世界的な感染拡大)が始まってから1年が過ぎた。各国・地域の実体経済はこの間、感染の広がりに伴って強く押し下げられた一方で、米国をはじめとする主要国の株式市場では史上最高値を更新するなど、奇妙な状態が続いている。
この主因として指摘されているのが、量的緩和をはじめとする世界的な金融緩和である。いわゆる「過剰流動性相場」と言われる由縁である。この点は確かにその通りなのだが、株高などの先行きを考える上では他の要因が、複雑に絡み合って今回のようなことが起きている点を見逃すべきではない。
例えば今回のパンデミックでは、米国をはじめとして各国の政府・中央銀行が、先制的かつ積極的に危機回避策を講じてきた。
なかでも、米国のFRB(連邦準備制度理事会)は3月23日に企業の資金繰り安定に、直接関与することを表明し、金融システム危機が顕在化する前に、それを回避する姿勢を鮮明にした。
こうした展開は、住宅バブル崩壊が大手投資銀行や保険会社の破綻へとつながって、金融システムが機能不全に陥るまで、米国をはじめとする世界各国の政府・中央銀行が、状態の悪化を放置したリーマンショック時とは全く逆である。
当時の中央銀行は、機能不全の深刻化に対処するために危機勃発後に、後追い型で大量の資金供給や利下げを行ったが、金融システム内にカウンターパーティー・リスク(資金決済システムの欠陥)が残存している間は、その効果は減衰され、株価も金融緩和にほとんど反応しなかった。
つまり、現在の株価の発狂は、金融システムの安全性が政府・中央銀行によって、担保されているなかで金融緩和が進んだからこそ起きていることになる。
市場参加者から見れば、この状況は実体経済が極めて深刻な状態にあるなかでも、カウンターパーティ・リスクがなく、極めて安価に運用や投機のための資金調達(日本など海外資産への投機資金も含む)が可能になっているのである。
米国家計の貯蓄増と高圧経済政策
このような前提の違いが特に今回、鮮明になっているのが米国の株式市場である。しかし、同国ではそれだけではなく、株式取引手数料の無料化やマクロ的に見た家計貯蓄の大幅増を背景に、個人投資家が株式取引を活発化させていることも、足元の株高の一因になっている。
実際、米国人の昨年の可処分所得は現金給付や失業保険給付によって、2019年の増加ペースを大幅に上回る一方で、消費支出はロックダウン(都市封鎖)などによってサービスの消費が抑制されているため、2019年の増加ペースを大きく下回っており、個人の貯蓄は大幅に増えている。
さらに米国では、昨年12月下旬に総額9000億ドルの追加経済対策が成立し、1人当たりで最大600ドルが追加で支給され、失業保険も週300ドルが今後も上乗せされることが決まった。それどころか、当時のトランプ大統領はこの法案の成立にあたって、現金給付の少なさに不満を示しており、新政権を担う民主党も給付金の増額に前向きである。
確かに、ここに来て歴代民主党政権を支えたサマーズ元財務長官らは
「今実施しようとしている1.9兆ドルの再追加経済対策は過大で経済の過熱を招きかねない。
既に4兆ドルの経済対策を発動済みで、20年10-12月期のGDPはコロナ禍前の97.5%まで回復し、21年7-9月期には完全に取り戻す見通しだ。
過剰貯蓄を生んで経済的な効果が不十分なまま終わるか、インフレの高進を招く可能性がある」
と警鐘を鳴らし始めた。
市場関係者が一致して唱えているリスク=
「日本の株式市場は米国の株式市場の下落に極めて弱い。もし、米国がインフレ圧力と長期金利の大幅上昇に見舞われると、FRBがテーパリング(債券購入額の縮小)に向かい、過剰流動性相場の終えんを迎え、大きく値下がりする」の論拠にもつながる警鐘だ。
だが、イエレン新財務長官はFRB議長のときと違い、本来の労働経済学者の論理を前面にした「高圧経済政策」を、FRBパウエル体制と二人三脚で推し進める方針にある。
確かに米労働市場はGDPほど回復していない。1月の失業者は1000万人強と危機前の2倍近い。「追加策がなければ2025年まで失業率は危機前の4%に戻らない」とイエレン財務長官。景気の早期回復に向け、むしろ積極的にインフレを促す実験的な立場をとろうとしている。
こうした流れを先読みした一部のエコノミスト、アナリストの中には、「資産バブル崩壊への序曲が始まった」と断言する向きも出てきた。
米国では株式売買手数料ゼロでFIREブームに乗るロビンフッター(オンライン証券を介した個人投資家)によるペニーストック(低位小型株)への投資、IPOに代わって特別買収目的会社(SPC)を通じた新規上場、などいくつかの面でバブルの兆候は出ている。
日本でも、ユーチューバーが言論の自由を根拠に値上がりが見込まれる株式銘柄を買い推奨し、スターのような扱いを受けて巨額の出演料を稼ぐ例が出ている。ゴールデンタイムのお茶の間に株式投資を煽るようなテレビ番組も増えている。しかし、決定的にバブルと違うのは、将来に対する過度な楽観が全くないことだ。現状はむしろ逆に悲観派の方が圧倒的に多い。
相場のリズムとしても、過去を検証すると不景気の株高とも言われる金融相場の次は、業績の安定的な伸びを背景とする業績相場が来るのが通例だ。その次に来るのが金融引き締めをきっかけとする逆金融相場で、バブルの崩壊はほぼ全て金融引き締めが引き金になっている。
この観点からすれば、コロナ禍が当分続く間(おそらくそうなるだろう)は、金融引き締めへの転換は展望できないし、財務省・FRBによる「高圧経済政策」が、始まろうとしているタイミングでは眼中にないはずである。
さらに、コロナ禍が予想以上に長引いたり再拡大を強めたりする可能性に、誰も言及しなくなり始めたことも気になる。ワクチン普及の遅れや、ウィルス変異株によるパンデミックへの戻り歩調を否定できる根拠はない。
意外に知られていないのはTGA(連邦準備制度の政府預金口座)の現金残高が、1兆ドル~1・5兆ドル減少し、民間に流動性が7月までに供給されることである。つまり、コロナ禍が続き、カウンターパーティー・リスクにつながりかねないという認識をFRBが保持しているのである。恐らく短期金利は相当下がるであろうし、長期金利も、その影響を受けよう。
結論として、日本株と大きな相関(特に下押しの相関)にある米国の株価が「バブル崩壊」に至るような構造にはなっていないし、基本的に米国の株価が安定推移もしくは一段の上昇トレンドになるなら、世界の市場が混乱する可能性も低い。
ただし、突発的な大国間の軍事緊張や米国大統領の有事が起きた場合は枠外である。
メルマガ&掲示板「イーグルフライ」より抜粋しています。
(この記事は 2021年2月21日に書かれたものです)