円安の進行と為替介入の現実味
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円安の進行と為替介入の現実味 竹内のりひろ×松島修
円安の進行と為替介入
3月以降ドル高円安が進み、本日(2022年8月25日)は136円台です。足元で昨年来高値の水準で推移しています。瞬間風速で年初来安値から25円92銭の上昇を遂げました。近年としては異例です。
かつての経験則があまり通用しなくなってきている現状があります。その一つにあるのが日本の貿易収支の構造が赤字構造に転換したことです。これは2014年に近いような構図です。
日本というのは食料自給率が低く、エネルギー自給率は更に低いために輸入物価の影響を非常に受けやすい側面があります。実際にガソリンや小麦粉、食用油の価格は上昇しています。
ガソリンは政府の補助があり、東京近郊では、ハイオクでも170/ℓ~180円/ℓ程度で止まっていますが、それでも輸入物価の上昇に伴い、家計の負担は増すばかりです。
日銀の黒田総裁が少し前に国会の答弁で「家計は値上がりを受け入れている」と発言をし、大バッシングを受け、大炎上していましたが、やはり庶民の感覚とは違うのでしょう。
黒田総裁は「円安のもたらしている効果は総じて日本の経済にはメリット」と言っていますが、実際にはデメリットも大きく、更に円安ドル高進んでくると国民がもっとデメリットを強いられ政府としては見過ごせなくなってくるのではないでしょうか。
資源のない日本は資源価格の高騰から国富が流失しています。同じものを買った時により単価の高いもの買っていますので、より高いお金を払わなければなりません。日本からお金が流出し、資源国に流れ込んでいる構図があります。
ガソリン価格の値上がりも、今はまだ影響を強く感じていないかもしれませんが、車がないと生活できない地方の方、あるいは輸送業に携わっている会社にとっては深刻な問題です。
この先もっと円安が加速してくると、政府はどこかで円安の対応を迫られる可能性が浮上してきます。
そうなると為替介入という議論がやっぱり一人歩きしてきます。そもそも為替介入というのは、その国によってそのやり方が違います。
為替介入というのは国際協調の点で相手国の同意が基本的には必要です。例えばドル買い介入をするにしてもドル売り介入をするにしても、基本的には米国の同意が必要です。
米国の財務省は議会向けに年に2回、為替報告書を出しています。この中で3つの条件を入れており、その中の全部に抵触すると為替操作国になります。直近ではスイスが認定されました。
日本は既に対米貿易黒字あるいはGDPの中に占める貿易黒字額が比較的大きいため、睨まれている国の一つではあります。
今のドル円の立ち位置
購買力平価(PPP)の資料です。PPPが赤いラインで、実際のドル円が黒いラインです。ドル円というのは投機の対象になっていますので、それなりの振幅を伴い、大きく動いています。PPPに関しては概して90年代からほぼ右肩下がりで下がってきています。
なぜならば、物価の動向が反映されているからです。日本の物価が上がらない一方で米国の物価が上がり続けており、これを反映してPPPがずっと下がり、足元のPPPはおおよそ90を割れて80の真ん中くらいです。
これが今のドル円の水準と大きな乖離を見せてきています。ビッグマック指数で考えるとわかりやすいです。
同じものを日本と米国で買ったら、いくらなのか。このような感覚で物事を見ていきます。そこには同じものを買った時に物価というのが、反映されています。その物価が、今のドル円の水準からすると異常に高いということです。
ビックマックの価格
日本:700円 アメリカ:8ドル
700÷8=87.5
赤いラインは日本で買ったものとアメリカで買ったものの水準を比べると基本的にドル円はこれが並行する(同じ値)という意味で、為替とは別に決まっているということです。
ただ為替というのはそれ以外でたくさん要因があります。貿易需給、決済需要、金利の部分など色々と説明できない部分があります。
単純に言えば、日本には国内に投資先がないため企業が外にお金を払ってまで外の企業を買ったりします。もしくは、日本の場合ですと貿易収支が赤字に転じているため、外貨を買わなければいけない。こうした影響があり、実態以上にドル円の買いが加速してきています。
こうしたことから、日本国民は輸入物価の高騰に悩まされています。将来的に140円乗ってくる、あるいは150円に近づいてくると、これは国を司っている政府としても看過できないような状態になってきます。すると為替介入というのが目の前に迫ってくるということです。
為替介入の議論が浮上する理由
1.円安進行の速度が早い
年初来安値から25円92銭上昇しています。今年3月以降、半年も経たないうちに25円上昇しています。月足でみてみると、10円近く上昇した月がありましたのでとても速いです。
2.円安で日本では賃金が上がらない中で輸入物価だけが上昇
自分で得られる所得に対して、物価の上昇が加速して追いついていない現状です。
3.国富の流失
国のお金が流出してしまっています。日銀の黒田総裁は「総じて円安はメリットがある」と言いますが、こういうのを考慮すると悪い円安が実は進行しているということになると思います。
貿易は円安になれば円安のメリットがある業種とデメリットがある業種があり、どちらも半々ぐらいだからということを仰っていると思いますが、今の段階ではデメリットの大きくなりつつあるというイメージです。
かつて日本は貿易では輸出型の産業構造だったため、円安になれば総じてメリットはありました。ただし、90年代の円高の場面を経験しており、企業が拠点を海外に置き、結果的に円安が大きく進む中では、あまりいい影響を受けられなくなってきたという現状です。
為替介入とは(出典 日銀HP)
・為替介入とは
通貨当局が 為替相場に影響を与えるために外国為替市場で通貨間の売買を行うこと
・正式名称
「外国為替平衡操作」
・為替介入をする目的
行き過ぎを是正するため
為替相場の急激な変動を抑え、その安定化を図ること
・プロセス
我が国の場合、為替介入は財務大臣の権限において実施する
財務省が指示して日銀が売買を執行します。これが日本のプロセスです。ということは、よく政府日銀が為替介入をしているという新聞報道がありますが、あれは単独で日銀がやっているわけではありません。
政府のために日銀が委託されてやっているということです。日銀の判断ではなく、政府がやっており、唯一日銀に与えられた判断というのはどこの銀行で執行するかのみです。
円売り介入と円買い介入
円高局面、例えば 1990年の半ば、あるいは2010年代の前半の震災の後に 75円の32銭まで変動相場制移行後の一番ドル円が売られた時75円32銭がありました が、そうしたところで行うのは円売りドル買い介入です。円売りドル買い介入と円買いドル売り介入とは大きな違いがあります。
円売りドル買い介入
財務省が政府短期証券を発行し、そこで得た円資金を売却してドルを買う。
円買いドル売り介入
外国為替資金特別会計(外為特会)が保有するドル資金を売却して円を買う。
円売り介入と円買い介入の大きな違い
円売りドル買い介入
政府短期証券を発行していれば、事実上無制限に可能
円買いドル売り介入
外為特会にあるドルが限度のため、弾切れとなると白旗
つまり為替介入は、円買い介入の方が、はるかにハードルが高く安易にできません。本当にやるのであればもうタイミングを狙って一発勝負で大きくドルを押し下げるぐらいのインパクトを作らなければ、投機筋の人に見透かされてしまい、逆に持ち上げられてしまいます。
条件を全て詳細に把握してそのタイミングであった時、投機筋やドルを買う人に、「もう私ドル買えません、許してください」というぐらいやらないと効果がありません。そのくらい難しく機が熟さないとできません。
実情
2000年以降の円売りドル買い介入を棒グラフにしたものです。
2000年以降は円買いドル売り介入は1回もありません。水準からすると2000年以降、円売りドル買い介入をどの水準でやっていたかというと100円とかあるいは75円ぐらいです 。この間最終が2011年の10月でした。2000年代だけで合計で約55兆の円売りドル買い介入がありました。
効果は非常に大きくて、トランプ大統領が誕生した時に、この過去の55兆円の円売りドル買い介入あったために不当にドルの水準が高いのではないかと言いがかりをつけられるのではないかと日本としては戦々恐々としていました。幸い、そういうことはありませんでした。
ここで重要なのは、円売りドル買い介入だけということです。円買いドル売り介入はしていません。
直近の円買い介入の歴史
円買いドル売り介入が実際に行われたのはいつでしょうか。はるか前に遡り、1998年が最後です。この時の日本は非常に暗い年で、上場している金融機関が相次いで倒れていった時です。
北海道拓殖銀行、日本債券信用銀行や長期信用銀行、地銀でも足利銀行、証券会社では山一證券が簿外債務で倒れました。その他、三洋証券など上場している金融機関が相次いで倒れるような状態で、日本に対しての信用が落ちていった時で円売りするのが定石でした。
一方で米国では、景気が回復してきて金利がついていたので、円を売ってドルを買うという取引が非常にヘッジファンドの中でも主流でした。
1998年の年初からドル買い円売りが非常に活発化してきて、状況としては今と同じような状態でした。原油も147ドルぐらいまで上昇してしまい、そうした中で政府が円安ドル高を看過できず、この年には3回介入しています。
4月9日と4月10日、6月17日です。大した額ではありません。合計しても約3兆円ぐらいですので、円買いドル売り介入を継続するというのは、ハードルが高いことがわかります。
日本の歴史で一番直近の円買いドル売り介入は、6月 17日でした。忘れもしない水曜日でした。たったの2312億円しか使っておらず、当日の高値144円12銭から2日後6月19日には133円60銭まで11円近く落ちました。実は当日だけで8円ぐらい落ちていました。
ドル買いの力が強くて翌翌週には140円でのせていました。8月11日だったと思いますが147円64 銭まで、もう1回上り詰めていますから、ドル買いが強い時というのは引かないものです。
なぜ6月17日にたった 2312億円で、これだけ押し下げられたかというと、協調会議をやってくれたからです。日本だけじゃなくて、例えば欧州では ECBがドル売り円買いをやってくれました。そして米国はFederal Reserve Bank of New Yorkがドル売り円買いをやってくれました。一晩中ドル円が売られていまして8円ぐらい下がりました。
このくらいの強烈なことをしないと今ある流れは止められないということです。かつて業界で一番稼いでいたと言われているチャーリーさん(中山茂氏)は、為替市場で介入をすることに非常に批判的でした。為替介入というのは大海に水を数滴垂らすようなものだとよく言っていましたが、そのくらいの効果しかありません。
1日為替の出来高が6兆ドルを超えてきているような状態では、為替介入というのは需給の関係を狂わせない限り、一旦できた流れは中々元には戻らないということです。139円39銭(今年の去年からの昨年来高値)を超えてくる可能性は十分あるということです。
流動性の問題、出来高の問題、市場参加者の数という点で、為替市場というのは、そんな簡単に動かせません。
円買いドル売り介入
1998年のドル円のチャートです。4月と6月のところに下落が来ていますが、これくらいの強烈な円買いドル売り介入をしないと水準を押し下げられません。
機が熟すまで待って猪突猛進のように介入しないと、簡単には流れは変わらないということです。1回で投機筋の息の根を止めるぐらいやらければいけないのです。
外為特会の額とまとめ
外為特会は財務省が毎月末に公開しています。2022年の7月末ですと1兆3230億ドル(約176兆円)です。
それなりに大きな額ではありますが、かつて財務官を務めた榊原英資氏は当時を振り返り、円買い介入をやった時に怖いと感じたと言っていました。外為特会の額の10分の1を円買いドル売り介入に実際に使ってしまい、自分の気持ちとしては、「あと9回しかできない…」という回顧をしていました。
もし本当に怒涛のようなドル買いが押し寄せてきたら、もう日本の国力だけでは止められないという恐怖感があるようです。これが事実上の介入の上限です。
やるのであれば、最小の実弾で最大の効果を上げるべく実施するはずだと見えてきます。
では具体的にいくらで入るかということは、わかりません。ただこういうのは市場の買い持ち、ドルの買い持ちが大きく膨らんだタイミングでおそらく実施してくるはずです。
雰囲気というのは市場関係者に確実に伝わってきます。普段、新聞やメディアのみを見ている人、あるいはチャートだけしか見てない人には、そういう雰囲気は伝わってきません。こうした情報は、メルマガ&掲示板「SmartLogicFX」でも適時にアップデートしていく予定です。