設計者、施工者選び失敗で裁判の予兆~建築計画~
設計者、施工者を選ぶことの難しさが常にあります。能力や誠意あるパートナーを見出すことは奇跡に近いのかもしれませんが、より良い建築資産を得るためにはパートナートとして、味方となりえる設計者や監理者を見つけることが最低限必要なことだと思います。今回は設計者そして施工者を見誤り、裁判に発展する可能性を含んだ事例を紹介します。パートナー選びがいかに難しく大切なことか、思いを新たにして下さい。
依頼先は慎重に
私立の学校法人で移転新築の建設計画があり、学園の理事を務める方がオフィスを構えるビルの同じフロアーにたまたま設計事務所があり、そのご縁で理事会に推薦し設計を依頼することになったそうです。この安易な依頼が大変な結果を招きます。設計者の選定は慎重を期さなければならないことが、いかに大切なことか教えてくれます。
基本設計が一応の成果を見るまでに、予定のスケジュールが大きく遅れる結果なりました。設計者の能力不足のため時間を浪費することになったのです。結局この設計事務所とはいろいろな問題が起こり、継続することが難しいと判断し基本設計のみで契約を解除することとなりました。
学園はこの間時間を浪費してしまい、工事に使うべき時間を著しく圧迫することとなりました。工期を挽回するために、やむなくこの基本設計を引き継ぎ実施設計以降は建設会社の設計施工で進めることを決断します。
竣工時期を守ることを第一に建設会社を探すこととなりました。取引先の銀行や業者に推薦してもらい、概算見積もりとヒアリングの末、工事は昼夜突貫で竣工時期を遵守し、工事費も大幅な値引き提案を行った会社に決定しました。その後当初の基本設計の見直しを経て実施設計と工事の契約を結びました。
契約を結び一区切りついたところで、周囲からのアドバイスを受け、第三者に設計内容等について意見を求めることとなりました。そして私たちが意見を述べる機会を得て、基本設計や契約内容などについて評価をすることとなりました。
後の祭り
まず設計事務所の当初の基本設計図面を見て驚きました。その内容から学校建築の経験が全くない者の設計であることが推測されました。図面から学校の運用や必要諸室について理解ができていないことが一目瞭然でした。使いにくい上に職員室がない。
実験室に準備室が付属していない。そもそも狭すぎて実験テーブルが収まらない上必要な生徒数が収容できない。応接室や会議室、倉庫もない。上げたらきりがありません。学生レベルの図面と言わざるを得ず、学校のあるべき姿や将来へ向けた提案以前の問題でした。
職員室がないことを質問すると、生徒が帰宅後に教室を利用することで対応することになっているとの事。職員室の機能や付属する諸室の運用を考えればあり得ない判断です。その他にもいろいろな疑問点や教育上、管理上の問題点などについて質問すると、仕方がない、難しかったなどの回答。ここに至る経緯はいろいろとあるが、結論は面積的に実現が難しく止むをえなかったとの事でした。とは言え理解に苦しみます。計画案は破綻していると言わざるをえないのですから。
あまりにひどいので、同じ条件で私たちが試案の作成を試みました。結果は職員室を含め、基本設計にはない学校運営上必要な諸室を全て納めることができました。管理上の問題点も解決し、新たな提案も含め面積の縮小も可能なことが判明したのです。
学園の担当者は我々の計画案を高く評価し、もっと早ければ理事会に上申することも考えられたそうですが、時すでに遅く実現には至りませんでした。これまでも伝えてきましたが、相談は早いほど良いのです。疑問に思ったらすぐにでも行動を起こしましょう。工事契約を済ませてから相談を受けても何も変えられません。後の祭りです。
クライアントの利益を守る覚悟はあるか
本来設計者は経験したことがない建物を設計する場合でも、分からないことは尋ね、調査、研究をすることで一定のレベルの計画は可能なのですが、この事例では全くその努力の過程が見えません。これで承認した建築主もどうしたものかと思いますが、素人の悲しさです。最近の学校建築の標準的な施設レベルは上回るよう依頼したそうですが、結果は許容レベルにも到達していませんでした。
設計者は実現できない理由を言いつのり、説得をしたのでしょう。専門家として支えなければならない者が、経験もなく知識もない上に努力することもなく、無責任な設計を行ったと言わざるをえません。設計事務所の基本設計は使いものになりません。建設会社が見直したという基本設計はどうでしょうか。
建設会社は一部上場企業ですので、中小の建設会社とは異なりそれなりの知見を有していると思います。最低限の提言があってもおかしくはありません。しかし、現実は設計事務所の基本設計をほぼ踏襲し、改善どころか改悪した案に見えました。そもそも設計施工に善意を求めることが無意味なことは以前指摘しましたが、やはりと言わざるをえません。
竣工後に不平不満が噴出することは確実です。裁判に発展してもおかしくないほど機能、性能が棄損されています。当初の基本設計者、その見直しを託された建設会社のどちらが責任を負うのか分かりませんが、責任は重いものがあります。
いずれにせよ、どちらの設計者にもクライアントの利益を守ろうとする覚悟を見ることはできません。学園のよりよき未来がこの方々によって失われたと言っても過言ではありません。
設計施工では利益が優先されます
やはり設計施工では改善が難しいことが分かります。契約の対象となった基本設計は、当初案では鉄筋コンクリート造5階建てですが、建設会社の案は3階まで鉄筋コンクリート造で4,5階は鉄骨造に変更されていました。
各室のレイアウトは変化がなく、職員室もないままです。実験室に定員数の実験台が収まらない状態も改善されていません。計画の見直しや必要な諸室の追加もなされていません。3か所あった階段は2か所に減じられ、利便性が後退しています。仕上げの仕様では床を当初フローリングで計画していましたが、クッションフロア等最低価格品に変えられています。これらはほんの一例で、おびただしい数のスペックダウンがなされていました。
当初の基本設計の仕様は、不十分とはいえ学園と設計者が長い時間をかけて定めたはずです。学園の担当者にスペックダウンされていることを確認すると、事の重さを認識していませんでした。承諾なしに変えているのか。ここは建設会社がどのように説明、説得を行ったのか疑問の残るところでもあります。
これでいいのでしょうかとの問いには、表情が曇ります。残り時間は著しく少なく契約も済んでしまったこの段階では、遡ることは難しく止むをえないと。定められた竣工の期限が優先である事、工事費が予算内に収まった事を良しとする以外ないと、担当者は落胆するばかりでした。
建設会社は基本設計の改善を目指すどころか、使い物にならない設計事務所の基本設計をさらに改悪しています。受注の為であろう大幅な値引きは、根拠のある値引きであったことも分かりました。建設会社の目的を考えれば、設計に時間と費用をかけ大幅な見直しや改善をするなど論外です。いかに経費少なく安く作り高く売るかにつきます。利益優先です。ここに利益の圧縮につながる善意を期待することはやはりできません。
パートナー選定の努力を惜しまないで下さい
設計施工に切り替えるにしても、依頼する前であれば当初案を改善することができたでしょう。まともな校舎をより少ない面積で計画することが、早い段階であれば十分できたことは立証済みです。設計施工によって改悪されることもなかったでしょう。相談がもっと早ければ、行く末は大きく変わったであろうと思います。何十億円という投資を考えると重ね重ね残念に思います。
最初のボタンの掛け違いが招いた結果ですが、能力のない設計者をもっと早い段階で変えることができていたら、その後の展開も変わったでしょう。それ以前にかかわらなければよかったとも言えます。この設計事務所の経歴書を見れば、学校の設計経験がないことが確認できます。最低限の確認を怠ったことが残念な結果につながったと言えます。
より良いパートナーを得ることは至難の技かもしれませんが、得ずしてより良い建築資産を得ることも困難です。より良い建築資産を得るためには建築主にとって有益な設計者、監理者を見出すことが成功の第一歩だと思います。
紹介事例のような不幸な結果を招かないためにも、建築主の味方になりえる人を求め、そのための努力を惜しまないことが大切です。