南海バブルに見る人間の欲望と狂気

南海バブル事件は、18世紀初頭のイギリスで起こった金融バブルとその崩壊を指す出来事であり、金融史上における重要な事件の一つです。オランダのチューリップバブルと並び、世界で発生した数々のバブルの元祖とも言えるこの事件を例にとり、バブルは何故発生してしまうのかということについて考えてみたいと思います。
背景
イギリスで1711年に設立された「南海会社」がバブルの発生源です。この会社は、南米での貿易独占権をイギリス政府から与えられ、特にスペイン植民地との奴隷貿易における収益を期待されていました。しかし、実際には貿易による利益はほとんど上がらず、会社の事業は実態に乏しいものでした。
当時のイギリスは、スペイン継承戦争(1701-1714年)の戦費調達として大量に発行した国債を抱えており、その債務を処理する方法を模索していました。そこで政府は、南海会社に国債を引き受けさせ、その見返りに会社株を投資家に売りつける計画を立てたのです。この仕組みがバブルの土壌を作ることになります。
バブルの膨張
1720年に入ると、南海会社の株価が急騰しました。会社は、南米貿易で莫大な利益を上げると喧伝し、投資家たちの期待を煽ったのです。さらに、政府との結託により、南海会社が国債をさらに引き受ける権利を得たことで、株価は投機的な熱狂に支えられて急上昇しました。「政府は南海会社を支援し続ける、それにより会社の規模が拡大し、利益も拡大し続ける。さらに、国債は確実な収入源でもある」という思惑からです。年初に約100ポンドだった株価は、同年夏には1,000ポンドを超えるまでに跳ね上がりました。
この時期、投資熱は社会全体に広がり、一般市民から貴族までが株に殺到したのです。
膨らむバブル、荒唐無稽な事業計画
南海会社株への熱狂は、後に「バブル(泡沫)会社」と呼ばれることになる怪しげな新興企業も次々と生み出すことになりました。これらの買い会社は、下記の例のような荒唐無稽な事業計画で資金を集め、これがバブルを一層加速させました。
*物理法則・科学の無視
永久運動機械の製造
燃料や外部エネルギーなしで永遠に動き続ける機械を作ると謳う。物理法則完全無視!南海バブル事件でもっとも有名な詐欺案件です。
→もはや魔法を採用?
太陽光を利用して氷を溶かさずに暖房を作る技術
太陽のエネルギーを利用して、寒冷地で氷を溶かさずに暖房を提供するという奇抜な提案。技術的な裏付けは一切ありませんでした。
→確実なのは、これに投資したらお金が溶けるということ!
1ポンドの鉄から100ポンドの鉄を作る技術
少量の鉄を何らかの方法で増殖させ、大量の鉄を生み出す技術を開発すると主張。
→錬金術ならぬ錬鉄術!
四角い車輪を製造する会社
通常の丸い車輪ではなく、四角い車輪を製造し、それが何らかの革新的な利点を持つと主張する会社。
→は?発想が謎過ぎてツッコミいれる気力すら沸かない、笑
*錬金術と資源の幻想
海水を金に変える錬金術事業
海水から金を抽出する技術を開発すると主張。
→現代では、海水から金を回収する技術はできていますが、採算が合わないのです。18世紀にその技術があったとは思えない。
北海から金を採掘する会社
北海の海底に莫大な金が眠っていると主張し、その採掘技術を開発するとした会社です。
→惜しい!20世紀になり北海からは原油がでました(北海油田)
空気から水を作る機械の製造
当時の科学知識では不可能だった、空気中の水分を効率的に集めて水に変える機械を作るという計画。
→発想は良かったが技術が追いつかず(現代では実用化されている)
月の土地の権利
月の表面の土地を区画分けし、それを投資家に売りつけるという計画。宇宙へのアクセス手段がない時代に、所有権を主張する荒唐無稽なアイデアだった。
→これ、現代でもありますよね。月や火星の土地の権利証というジョーク商品。
*生命と身体の超越
永遠の命を保証する機械を作る会社
これは、南海バブル期に語り継がれる最も有名な例の一つ。詳細な仕組みは一切説明されず、ただ「永遠の命を実現する」とだけ謳って投資を募りました。当然ながら実現不可能で、資金を集めた後に消滅した典型的な詐欺計画でした。
→神様になるつもり?
死者を蘇らせる薬の開発
死者を生き返らせる秘薬を作ると主張した会社。科学的根拠もなければ具体的な方法も示されず、単に人々の恐怖心や希望を利用した詐欺的な計画
→この会社への投資資金は蘇らない
人間を透明にする薬の製造
服用すると人間が透明になり、見えなくなるとする薬を作る計画。スパイ活動や犯罪に役立つと宣伝されましたが、当然ながら実現不可能でした。
→18世紀にもこんな発想があったんだ!
女性の美しさを永遠に保つクリーム
塗るだけで老化を防ぎ、永遠に若さと美貌を維持できるクリームを製造すると主張。化粧品の域を超えた誇大広告で、効果は全く期待できませんでした。
→現代でも老化防止の研究は大きなテーマ。いつの時代でも人間の考えることは同じなのか。。
*遠隔・高速輸送の幻想
空飛ぶ船の製造
船に翼をつけて空を飛ばし、海と空の両方で使える乗り物を作るという計画。航空技術が未発達な時代、空想の産物でしかありませんでした。
→飛行船の発明はここからさらに140年後くらい、翼ではなく、水素(後にヘリウム)で浮かす仕組みだけど。
「馬を飛ばすための装置製造」
馬に取り付けることで空を飛べるようにする装置を作るという提案。詳細な設計や原理は一切なく、単に奇抜さで注目を集めようとしたものでした。
→ペガサスを作るんかい!
ロンドンからインドへの地下トンネル建設
ロンドンからインドまで地下を通るトンネルを掘り、迅速な交易路を築くという壮大な計画。当時の技術では到底不可能で、資金集めのための空想にすぎませんでした
→スケールでかすぎ!現代でも到底不可能!
人間の声を100マイル先に届ける装置
電話や電信がまだ存在しない時代に、声を遠くに伝える装置を作るという提案。技術的な裏付けがないまま、資金だけを集めました。
→これも発想は良い。後の、電信、電話の発明へと繋がっていったのだろう。
*環境の改変
天候を制御する機械の開発
雨や晴れを自由に操る機械を作り、農家や政府に高額で貸し出すという提案。当時の科学技術では夢物語でしかありませんでした。
→現代でもまだ夢物語。天気予報の精度を上げている段階。
魚を陸上で飼育する技術
水槽を使わず、魚を陸上で飼いならし、家畜のように育てる技術を開発するとした会社。生物学的にナンセンスな計画でした。
→それ、もはや魚じゃないだろ!
*実用的ながら非採算な事業
ロンドンの糞尿を肥料に変える事業
ロンドンの街に溜まる人間や動物の排泄物を回収し、それを肥料として農家に売るという計画。アイデア自体は一見現実的にも思えますが、実際には採算性が取れず、実行可能な物流や処理方法も示されないまま立ち消えました。
→やるとしたら一大国家事業だろうね。
*オカルト
幽霊と会話するための道具製造
死者の霊と直接会話できる道具を作るとした会社。オカルト的な魅力で投資家を惹きつけましたが、実現性は皆無でした。
→恐山のイタコさんに来てもらったほうが確実?
ざっと見てみました、いや〜、当時はこのような計画に人々が夢中になっていたんですね!
ただ、現代の技術で実用化、あるいは実用化を目指しているものもあるので、発想を出すのが早すぎ時代が追いついていなかったというものもありますね。
これらの計画は、南海バブルがピークに達した1720年頃に、特にロンドンの取引所やコーヒーハウス(注)で話題に上ったものです。当時、イギリスでは会社設立が簡単で、事業内容の真偽を検証する仕組みがほとんどありませんでした。投資家たちは、南海会社の株価上昇に目を奪われ、「次なる大儲けのチャンス」を求めて、こうした突飛なアイデアにも飛びついたのです。
(注)株式取引所が出来る前のイギリスでは、人々がコーヒーハウスに集まり、個人対個人で株の取引をしていました。

崩壊
バブルに熱狂していた株式市場ですが、南海会社の収益基盤が脆弱であることが次第に明らかになり、株価の持続性が疑問視され始めました。1720年夏、政府が「バブル法」(注)を施行し、認可されていない会社の株式発行を禁止したことで、市場に不安が広がりました。さらに、南海会社幹部によるインサイダー取引や不正行為が暴露され、投資家の信頼が崩壊したのです。その結果、南海会社の株価は急落し、あっという間に最高値の1/10になりました。
また、上記でみたようなバブル会社(当時190社ほど設立、株式募集されていた)もほとんどが消滅しました。
多くの投資家が破産し、社会的な混乱が広がりました。貴族や政治家の中にも財産を失った者が多く、政府への不信感も高まりました。
(注)正式な名称は非常に長いので単にバブル法(Bubble Act)と呼ばれています。
影響と教訓
南海バブル事件は、イギリス経済に深刻な打撃を与え、金融市場への規制強化のきっかけとなりました。また、この事件は投機の危険性や、実体経済と乖離した金融操作のリスクを示す典型例として、後世に語り継がれています。
バブルが発生してしまう理由とは?
この現象は、人間の心理や社会の仕組みに深く関連する興味深いテーマです。人々が熱中してバブルが発生してしまう理由を心理学、行動経済学の観点から考えてみましょう。
1.群集心理の影響
人々は「群集心理」に影響されやすい傾向があります。南海バブルの時代には「永遠の命を保証する機械」といった非現実的な計画が、横行していましたが、周囲の人々が「利益が出る」と興奮していると、自分もそれを信じてしまうのです。コーヒーハウスで株券を振りかざす人々の姿を見ると、「機会を逃したくない」という感情が生じます。これは心理学で「社会的証明(Social Proof)」と呼ばれるもので、周囲の行動が正しいように錯覚させる現象です。
2.欲望と楽観バイアスの作用
人間の欲望が大きな役割を果たします。南海バブルでは南米貿易の巨額な利益が得られるという夢が喧伝されました。現実性を度外視し、「一攫千金」や「容易に富を得る」といった魅力的な言葉に心を奪われます。冷静に考えれば「永久機関を作る」といった計画は不合理ですが、欲望が活性化すると、脳は都合よく解釈します。これは行動経済学の「楽観バイアス(Optimism Bias)」で、失敗よりも成功を過度に信じる心理です。
3.情報の不足と噂の拡散
当時の情報環境は限定的でした。南海バブルの頃は新聞が未発達で、コーヒーハウスでの噂や疑わしい小冊子が主な情報源でした。事業計画を詳細に検証する手段が不足していたのです。そのため、実現不可能に思える突飛なアイデアであっても、誰かが利益を得たという話が信じられてしまいます。これは情報の非対称性が疑念を生じにくくした結果です。
4.時間的な焦燥感
バブル現象では、時間的なプレッシャーが人々を駆り立てます。「今すぐ行動しなければ機会を失う」という焦りが強いのです。南海バブルでは株価が数ヶ月で株価が10倍になり、冷静に考える余裕がありませんでした。コーヒーハウスで「もうすぐ売り切れだよ!」と叫ばれると、思考を停止して買いに走ります。これは現代では、「FOMO(Fear of Missing Out)」と呼ばれる感情で、取り残される恐れから非合理的な計画に飛びついてしまうのです。
5.権威への盲目的信頼
有名人や権威者の関与が、判断をさらに歪めます。南海バブルでは政府の後押しがありました。そして、著名人が投資すると、「賢い人々が信じているなら正しい」と考えます。しかし、権威の存在が正しさを保証するわけではありません。これは「ハロー効果(Halo Effect)」で、信頼感が客観的な判断を曇らせる現象です。
6.失敗の予測不能と正常性バイアス
バブルが拡大している間は、失敗の可能性を想像しにくくなります。南海バブルで株価が100ポンドから1000ポンドに急騰すると「永遠に上昇する」と錯覚します。これは心理学の「正常性バイアス(Normalcy Bias)」で、異常な状況でも「問題ない」と信じ込む心理です。崩壊が始まるまで、現実を直視しようとしません。
まとめ
結局のところ、人間は「利益を得たい」「認められたい」という欲求が強いため、荒唐無稽な計画にも惹かれてしまうようです。群集心理、欲望、焦燥感、情報の不足が絡み合い、それらが南海バブルの熱狂を生み出しました。
人間の本質が大きく変わらない以上、これからもバブルの発生と崩壊は繰り返されていくでしょう。南海バブルの教訓を思い出して、バブルに翻弄されて大切な資金を失うことのないようにしたいものです。
参考文献:「バブルの歴史〜チューリップ投機からインターネット投機へ」
エドワード・チャンセラー著










