統計の嘘に惑わされない
投資の本やサイトでは、テクニカル分析の基本として「トレードルールを作ったら、バックテスト(過去チャートでの検証)で統計を取ろう」などと書かれている。ファンダメンタルズ分析でも「信頼できる情報元の統計データを読み込めば、かなりの精度で相場を予測できる」などといわれる。
優れたトレーダーや投資家は、統計を有効活用して資産を増やしていることは間違いない。その一方、嘘の統計を本当だと思い込んで資産を減らしてしまう個人投資家も多い。
この記事では、投資初心者が統計の嘘に惑わされないために知っておきたい注意点を紹介する。
勝率90%以上のEAは簡単に作れる!
EA(Expert Advisor)とは、売買ロジックに従って自動で売買を行うプログラム、ソフトウェアのことをいう。たとえばFXにおいては、MT4やMT5などのチャート分析・売買用のツール上で動作するプログラムで提供されているのが一般的だ。
このEAには、初心者の個人投資家を狙った詐欺のような商品がとても多い。たとえば、過去チャートでの統計結果を示して「勝率90%以上」「月利35%は確実」などと宣伝されているようなものだ。
忙しいビジネスパーソンやトレードが上手くいっていないトレーダーにとっては、こうした宣伝文句が心の隙間に入り込んでくることもあるかもしれない。だが、仮にそうした売買ロジックができたのなら、はたしてそれを他人に提供するだろうか。自分で使ったほうが儲かるはずだ。つまり、こうした派手な宣伝文句のEAはまず間違いなく嘘なのである。
しかし、統計結果を詳細に示して優秀なツールであることを説明している業者も存在するだろう。過去チャートやテクニカル指標の設定を同じにして比べてみると確かにそうなので、信じてしまう人もいる。
けれども、これは「カーブフィッティング」をしているにすぎない。つまり、パフォーマンスがよくなるようにテクニカル指標の設定値をいじったり、テクニカル指標を組み合わせたりしているだけなのである。任意の期間を選んでこのような操作をすれば、勝率90%の売買ロジックも簡単に作れる。
おかしなEA販売業者にだまされないためには、まず、統計データが長期間かどうか、サンプル数は十分なのかチェックすることだ。もし公表されていないなら、自分でランダムに期間を選んでチェックしてみるといい。
もしも売買ロジックが理解できないほど複雑か非公開なら、まずやめておいたほうがいいだろう。このようなEAで資産運用することは、見知らぬ他人にお金を渡して資産運用してほしいと頼むようなものだ。
世論調査は信じられるのか?
「内閣支持率が40%を割って危険水域へ」などの見出しが新聞に載る。これは「無作為抽出法(ランダムサンプリング)」という方法で調査されたデータをもとに報道されている。
相場においても「個人投資家のリスクオンが観測された」などといわれる。だが、客観的な統計データをもとにした中立的な意見のようにみえるこれらの内容も疑ってかかったほうがいい。
まずは、本当にランダムサンプリングなのかということだ。先ほどの内閣に対する調査なら、街頭アンケートやインターネット調査を選んでいる時点で偏りが生じている。
たとえば、街頭アンケートに応じる人は政治的な関心がある可能性が高い。インターネット調査なら、若年層が多いなどの傾向がある。また、用意した選択肢によっても、かなりの割合が操作できることが知られている。
いわんや投資系の雑誌などでは、客観的な意見を回答できる人は少ない。自分が特定の株の銘柄や為替を持っているからである。つまり、単なるポジショントークに過ぎないことも多いのだ。
証券会社や機関投資家などが発信する情報も信頼できない。これらの会社やそのお抱えのアナリストたちが都合よくピックアップした統計情報は、自分たちが売りたい株式や債券、投資信託などの思惑に満ちていることが多いため注意が必要だ。
では、こうした嘘にまどわされないために、私たち個人投資家はどうしたらよいのだろうか。
方法の一つは、情報をシャットアウトしてチャート分析だけをすることである。テクニカル分析の基礎になっているダウ理論には、「価格は全ての事象を織り込む」という原則がある。つまり、いろいろな人の意見も思惑もすべて全て価格(チャート)に現れていると考えるのである。この考え方を採用すれば、情報収集の手間は大幅に省けるのでとても楽だ。
実際、たとえば雇用統計などで急騰や急落が起きてもチャート分析だけで対応し、後から「そういうことだったのか」などと知るようなトレーダーも多い。安定的に利益を上げている個人投資家のなかには、チャート分析だけでシンプルに判断しているトレーダーも多いのだ。
「うわさで買って、事実で売れ」という情報入手のスピードを尊ぶ相場格言もある。しかし、チャートがリアルタイムで思惑を織り込んでいると仮定するなら「チャートで売買して、ニュースを見る」でもいいはずだ。
もう一つの方法は、信頼性が高いと考えられる複数のメディアや投資助言会社などが出している情報を比べてみることだ。ここでのポイントは、現在の数値だけでなく時系列で推移を観察することだ。すると数値や意見はまちまちだが、全体の傾向(折れ線グラフのパターンなど)は一致していることがわかる。
このことは局によって内閣支持率の数値やその解釈が違っていても、内閣支持率が上がっている・下がっているという傾向(パターン)はほぼ一致するのと同じだ。実際、信頼できる統計データを得にくい社会学の分野では、この方法で情報の裏付けを取っている。
ボリンジャーバンドの逆張りはハイリスク
ボリンジャーバンドは、学力テストなどでもおなじみの偏差値をチャート分析に応用したテクニカル指標だ。人気の指標のひとつなので、トレードに活用している人もいるのではないだろうか。
ボリンジャーバンドは、移動平均線を中心にして上下にボリンジャーバンドという線が描かれる。このバンドは価格がその範囲内に収まる確率がどれぐらいあるか示しているのだ。統計学上では、±1σでは約68.3%、±2σでは約95.4%、±3σでは約99.7%の確率で価格がバンド内に収まる。
このことから「バンドの外かバンド近くに価格がある場合は買われすぎ・売られすぎを示しており、反転する可能性が高い」と考えられる。実際、これを戦略にして、1~3σのバンドにタッチしたタイミングで逆張り(短期的な方向の反対方向にトレードする)している人も多いだろう。先に紹介したEAでも同じような売買ロジックのものがある。しかし、これが統計のワナなのだ。
実際、ボリンジャーバンドを使ってみると、価格がバンドにタッチしたのに一向に逆行しないことがある。張り付いたようになりながら、バンドの上下が広がっていくのだ。バンドに張り付いたようになることは「バンドウォーク」、バンドが広がることは「エクスパンション」と呼ばれている。これはレンジ相場からトレンド相場に移行したときによくみられる動きだ。
なぜ統計学がこれほど無力になるのかというと、マーケットにおいては神様がサイコロを振っているわけではないからだ。トレンドが発生すれば、乗り遅れまいと焦った強欲なトレーダーや、含み損を抱えて一刻も逃げたい恐怖にかられたトレーダーが大勢生み出される。また、巨大な力が作用することもある。過去には、元からビットコインへの換金を阻止しようとする中国の国策によって、ビットコインの価値は急落した。
もちろん、ボリンジャーバンドが精度の低い指標というわけではない。実際、レンジ相場ではよく機能する。しかし、「統計的にほぼ間違いなく反転する」などと信じてしまえば、損切りもできなくなってしまうだろう。ときに統計は嘘をつくという心構えでトレードすることが重要だ。
世の中には怪しげな統計データが存在している。そのような嘘に惑わされ、大切な自己資金を失わないようにしよう。そのためには、常識に頼ることが大切だ。たとえば、日経新聞や日経マネーなどは信頼できる情報から情報を精査していくことがある。ネットには根拠のない数字で個人投資家の関心を引こうとしている例が多いため、投資初心者のうちは特に注意したいところだ。
この記事で紹介したように、テクニカル分析に絞って分析することや信頼できる業者の情報を複数集めることで、情報を精査してはどうだろうか。