21世紀に生きるカミソリ商法
21世紀に生きるカミソリ商法
「カミソリ商法」ということばを聞いたことがあるでしょうか?最近ではあまり聞かなくなった言葉のようです。
若い世代の方々に聞いてみたところ、
「カミソリのように鋭い切れ味のすごい商売の仕方?」
「カミソリで脅して売りつける押し売りの方法?」
などと連想する反応がありました。
実は、「カミソリ商法」は今から100年くらい前に誕生したものなのですが、現代の私たちにとっても普段から接して利用している馴染のあるものなのです。
ヒゲそり用のカミソリの進化
ヒゲを伸ばしている人は別として、多くの男性は毎朝身支度としてヒゲを剃りますよね。
ヒゲの剃り方には大きくわけて、ドライシェービングと、ウェットシェービングという方法があります。ドライシェービングは電動シェイバーを使ったヒゲそりです。乾いた肌に直接電動シェイバーを当ててヒゲを剃ります。
ウェットシェービングはカミソリを使ったヒゲそりです。この場合は肌を保護するためにシェービングクリームを泡立てて肌に塗ってから、カミソリでヒゲを剃ります。入浴のついでに剃る人もいます。
カミソリ商法とはこのカミソリの刃を売る商法のことを言います。
ここで少しカミソリの歴史についての話をします。
昔から男性は片刃のカミソリでヒゲを剃っていました。しかし、カミソリは非常に切れ味が良い刃物ですから誤って肌を切ってしまう恐れがあり慎重な扱いが必要です。
また刃の切れ味が鈍った時には刃を研ぐ必要があります。今では理容師さんのように専門的な技術を持っている人しか使わなくなっているものです。
しかし19世紀の終わり頃からヒゲそり用のカミソリは急速に進化を遂げることになります。19世紀の終わり頃、T字型安全カミソリが発明されました。
これは刃の大部分がカバーに隠れているため肌を傷める事が少なくなったものです。この発明により文字通り安全にヒゲを剃ることができるようになったのです。
ただし、切れ味が鈍ったら取り外して研ぐ必要がありました。
元祖カミソリ商法
20世紀になり、アメリカのジレットという会社がカートリッジ式のT字型安全カミソリを発明しました。それまでのT字型カミソリは全体が一体化していましたが、カートリッジ式ではホルダーという柄の部分とヘッドという刃を収めた部分に別れていて、ヘッドは取り外せるようになったのです。
刃の切れ味が鈍ったらヘッドを取り外して廃棄し、新しいヘッドと交換するだけで良いのです。これによりカミソリの刃を研ぐ必要がなくなりました。(交換できるヘッドなのでカートリッジとも言います。
現在では、カートリッジ式が普及しているのでカートリッジの事を単に替刃という場合も多いです)そして、このような発明をしたこと以上のすごい発明が「カミソリ商法」です。
これは会社の利益の上げ方についての大きな発想の転換です。
それまでのカミソリ製造会社は本体の値段は高くして、交換部品の替刃は安く販売していました。(今でも高級なT字カミソリ本体と、カートリッジ式ではない安い替刃も生産されています)
しかし、ジレットはホルダーを安く販売することにしたのです。ただし、カートリッジは、ジレット製のホルダーにしかにしか使えない専用品です。
つまりジレットの本体を買ってくれたお客さんにずっとこれを使い続けてもらうことで、他社の製品に乗り換えられることなく、長期的にカートリッジから利益を上げていくという新しいビジネスモデルを作り上げたのです。
これが「カミソリ商法」です。
カミソリ商法では、会社に長期的に大きな利益をもたらす役目を担うのは製品本体ではなく交換部品(消耗品)なのです。
ジレットは現在ではP&G(プロクター&ギャンブル)社に吸収合併され、T字型安全カミソリでは世界第1位のシェアを持っています。(ジレットはほとんどの国で1位ですが、日本ではシック・ジャパンがシェア1位です)
ジレットやシックはカミソリの替刃を定期的に買ってもらうのが安定的な利益の根源になりますので、まずは本体を買ってもらえるようにホルダーも魅力的なものに、しかも価格はあまり高くならないように様々な工夫をしています。
例えば、カートリッジ部分が肌にそって動くクビ振りヘッド、刃を超小型の電動モーターで振動させてヒゲを剃りやすくする仕組みなどの製品が登場しています。
もちろん利益の中心を担うカートリッジもさらに進歩を遂げ、快適にヒゲを剃れるようにするために2枚刃になり、さらに、3枚刃、4枚刃、5枚刃などの製品もあります。刃の枚数が多いと1枚の刃にかかる負担が少なくスムーズに剃れるというわけです。
プリンタのインク
カミソリ商法はその後、様々な製品に応用されて生き続けています。
その中でも最も分かりやすいものといえば、インクジェット式プリンタと、インクカートリッジではないでしょうか?
自宅でインクジェット式プリンタを所有している人は、年賀状を印刷するのに使ったり、デジタルカメラやスマホで撮った写真を印刷したりするのに使う用途が多いようです。
ひと昔前であればカメラはフィルム式でしたので、自分で撮った写真のフィルムはラボに持っていって現像してもらい写真にプリントしてもらったものです。
また、年賀状の宛名は自分で一枚一枚がんばって手書き。裏面はプリントゴッコで手刷り印刷するか手彫りのイモスタンプや消しゴムスタンプあるいは、印刷屋さんに頼むケースが多かったと思います。
しかし、インクジェットプリンタが安くなり家庭に普及するにつれて、いろいろな事が自分で出来るようになったのです。
プリンタを作っているメーカーは「カミソリ商法」により、プリンタの価格を安く抑えて販売する一方、いろいろな印刷(ステッカー、Tシャツ、ペーパークラフト等)をして楽しんでもらう方法を提案して、どんどんインクを消費してもらうように努力して売り上げを伸ばそうとしています。
なので最近のプリンタは普及機タイプのものであれば驚くほど安いです。
プリンタ本体の価格は、4色インクのセット2個分くらいの価格にしかなっていない場合もあるくらいです。逆に多くの人はプリンタが安いと思わずに、インクが高すぎると感じているようです。
カミソリ商法 VS コバンザメ商法
プリンタメーカーが作った専用インクカートリッジ(以下、純正インクといいます)が高すぎるという消費者の声が大きいので、安いインクの需要があると考えて互換インクというものを作るメーカーが出てきました。
互換インクは、インクの品質では純正インクほどの高品質でないものの、価格が安いので自分の用途にはこれで十分と考えるユーザーの需要に応えています。
しかし、プリンタメーカーにとっては、これが純正インクよりも安く出回ってしまうと大きな収入源が減ってしまうので大問題です。
そこでプリンタメーカーは純正インク以外のインクがセットされた場合にプリンタが拒否するような対策をしますが、互換インクメーカーはそれを回避する方法をとるということが繰り返されています。
また互換インクとは別に再生インク(リサイクルインク)というものがあります。家電量販店に行くと使用済みインクカートリッジの回収箱があります。再生インクメーカーが設置したものです。
この箱でインクカートリッジを回収し、新しいインクを詰めて新しいパッケージ入れて再生インクとして純正よりも安く販売しています。中身のインクは違いますが、カートリッジ自体は純正品なのでプリンタに拒否されずに普通に使えるというものです。
これもプリンタメーカーとしては非常に由々しき問題です。そこで、あるプリンタメーカーはある再生インク会社を特許権侵害として裁判で訴えました。
これは最高裁判所まで争われ、再生インク会社の勝訴で終わっています。これで法的には再生インク会社のビジネスモデルには問題がなくなりました。
再生インクは徐々に消費者から選ばれるようになり、今では全てのインク販売数の1割近くを占めるほどになっています。その分だけプリンタメーカーは売り上げを取られているとも言えます。
そこでプリンタメーカーとしては、純正インクの良さをアピールしたり、パッケージに大きく「純正」と表示したり、インクがなくなったら自動的にインクを発注するアプリをパソコンの画面に出して、とにかく純正インクを使ってもらうように努力をしています。
また、新しいプリンタの機種を出すたびに対応するインクカートリッジを新しくしていますが、これも互換・再生インクへの対策ではないかと考えられます。そのためインク販売コーナーに行くと多数のインクの種類があって驚かされます。
大手メーカーの商法に便乗して自分も利益を得る商法のことを「コバンザメ商法」と言いますが、互換インク、再生インクメーカーの商法も一種のコバンザメ商法と言えるでしょう。プリンタメーカーと互換、再生インクメーカーの戦いはこれからも続くのでしょう。
21世紀のカミソリ商法
カミソリ商法の2つの典型的な例について述べました。
他にもたくさんの例がありますが、それは読者の皆さんがご自身で見つけたり気がついたりしたほうが面白いと思うのでここでは割愛することにいたします。
カミソリ商法は、お客さんに長年にわたって自社の製品を買ってもらえ(これを顧客の囲い込みとも言います)安定的に収益を上げることのできる非常に優れたビジネスモデルです。なので、実に多くの会社が採用しています。
これからもいろいろな物に応用されて生き続けていくことでしょう。
またカミソリ商法に便乗するコバンザメ商法も生き続けていくことでしょう。
そうやって競争が行われて産業全体が発展していくものなのでしょう。