物語 ディーラーは死なず1

為替ディーラー物語『ディーラーは死なず』
日々の外国為替相場にリンクして進行するディーラー物語。相場動向を物語にしているため、相場で何が起きているのか相場を疑似体験でき、相場の本質の理解に役立ちます。
前回の物語は、こちらよりお読みいただけます。
https://real-int.jp/articles/1646/
エピソード1 収益改善
第18回 ミーティング
9月末の最終週にコネティカット・ファーマシーとの取引に疑問が生じた。急増した取引、膨らむ含み損の背景に何があるのか?
コネティカット社の上層部も事実を知っていれば問題ない。だが、財務・経理担当者の一存による取引の結果がもたらした含み損であれば、話が拗れる可能性がある。
先方の担当者とコーポレート・ディーラーの安居とが男女の関係にあるとの噂もある。猶予はならない状況だ。今回の件はJMIが一方的に理不尽な要求を突き付けてきた問題とは話が違う。
早急に先方の上層部に会う必要がある
週初2日の朝方に公表された日銀短観は大企業製造業のDIが4期連続の改善となったが、為替市場への影響は限定的だった。ドル円は112円66銭でオープンしたが、動意が薄い。
'今日は12円後半でのキャッチボール相場になる'と決め込んで、コーポレート・デスクの浅沼をディーリング・ルームに近い会議室に呼んだ。
「どうだった?コネティカットのコンファメーションに不自然な点はなかったか?」
「そうですね。直近のディール分まで全て戻ってきています。代理人届が済んでいるSignatureもあるので、表面上は問題ありません」
「手掛かりはなしか・・・。ところで、担当者の直属の上司はあっちの人間か?」
「はい、Jason Owenというアメリカ人で、肩書はCFOです」
「自分でコンファメーションにサインしながらも、ここまでの含み損を見過ごしてきたのだから、為替には無頓着なのかな?」
「はい、一度会ったことがありますが、年齢40歳位の誠実そうな人物です。アカウンティングやファイナンスは詳しい様ですが、為替にはあまり関心がなさそうです」
スラックスのカフは3cm強、靴はプレイントウという出で立ちで、IVY リーグ出身らしい人物像が浮かぶ。本国に帰れば、ボードメンバーの席が約束されているといったところか。
全米有数の製薬メーカーのボードメンバーに加わるためには、大きなミスは許されないはずだ。とすれば、今回の問題を解く鍵はその辺りにあるのかもしれない。
「そうか。それで、安居と先方の担当者との関係について、何か分かったか」
「彼女は付き合ってる事実はないときっぱり言ってました。先方の堂島という担当者が彼女のことを気に入ってしまった様で、気を引くために取引を頻繁に行い、幾度も食事に誘ってきたというのが真相のようです」
不透明な部分もあるが、それ以上考えても下種の勘繰りになるだけだ。
「分かった。Courtesy Call(表敬訪問)ということで、早速オーエン氏とアポを取ってくれないか。日時は先方の都合に合わせる。それと安居をインターバンクに異動、インターバンクの中村をコーポレートに異動。それで良いか?丁度期が移ったところで不自然ではないと思うが」
「了解しました。アポの件、早速手配します」
オーエンとのアポは4日11時に決まった。
「Nice to meet you, Mr. Owen. 」
「Thank you for coming today, Mr.Senzaki」
「How’s your business going on?」
「Everything’s going well, busy though.What about yours?」
「The same as usual」
暫く今年のMLBなど世間話をした後、例の話を切り出した。オーエンは瞬きもせずに話を聞きながら、時折メモを取っている。一通りの説明をし終えると、少し戸惑いを見せながら語り始めた。
「What I’m gonna tell you is still confidential.So, can you keep it between us?」
「Sure, I will promise you. Please go ahead.」
「I’m supposed to be transferred to Head Quarter next year.You know what I mean?」
「You will be promoted, right?」
「Exactly. So, I need your help, Mr. Senzaki.」
ボードメンバー(経営陣)に加わる予定だという。‘助けを求めている。そうであれば、話は早い’
「How can I help you?」
部下が作った損失だが、自分が管理を怠ったのが悪い。だから、自分で含み損を取り戻したいという。為替取引の経験はないが、アドヴァイスしてくれないかと懇願する。
彼の真摯な態度が気に入り、「Ok, I’ll do all what I can do.」と言うと、挨拶した時の笑顔に戻った。
もっとも、銀行が’売れとか買え’とかの直接的な指示を顧客に行えば法に触れる。
「コーポレート・デスクの浅沼が私の相場感を伝えるために電話を掛け、そこで貴方が売買の判断をする。それで良いですか?」 と提案した。
「Can I do it?」不安そうに言う。
「I’ll be there for you」と言うと、’Thank you, Thank you’ と幾度も言いながら、握手を求めてきた。
一応の方針が決まったところで、オーエンに浅沼に電話を掛ける様、促した。現在のポジションをすべて手仕舞うためである。含み損は実現損となった。これで、前向きなディールを行えることになる。
約4500万円の損失だ。‘直ぐに取り戻せる金額である’
別れ際、「Ryo-san, doumo arigato gozaimasita」と、たどたどしい日本語で礼を言う。
「どう致しまして」と笑って返した。
銀行に戻ると直ぐに浅沼を呼び、オーエンとのミーティングの内容を伝えた。
「どうもありがとうございました。でも、彼に稼がせなければなりませんね」と心配そうに言う。
「それは問題ない、俺が稼がせる。浅沼、俺が出かけている間、ドル円はどんな様子だった?」
「実需の買いが入るせいか、50(12円50銭)近辺はそこそこビッドですが、もう少し下がる様な気がします」
「そうか、オーエンに電話を入れて、40近辺でリーブを出させる様に誘導してくれ。今週はもう、’ドルがそれ程下がらない’というのが俺の見立てだと伝えろ。ただ、くれぐれも言っておくが、お前からリーブの水準、金額、サイドは一切言うな。
法に触れる。ここはコーポレート・ディーラーとしてのお前の手腕が問われるところだな」最後の言葉に笑いを添えた。
暫くすると、浅沼から報告があった。「40で20本、35で20本のドル買いを置いて来ました」
「そうか。良くやった。それじゃ、次に80~90で利食いのオーダーを取ってこい」
オーエンに電話を掛けながら、浅沼がこっちに向けて右手の親指を立てた。‘順調だ’
その日の3時過ぎ、一連の顛末を東城に報告した。
「お前も苦労が絶えないな。労い酒と行くか」
「良いですね」
その日の晩、二人で銀座の寿司処‘下田’に出向いた。‘本当にここの寿司は旨いな’
週末に公表された米9月の雇用統計では、NFP(非農業部門雇用者数)がかなり悪化したものの、賃金の上昇が確認された。
NFPの悪化はハリケーンの影響がある。そして市場は賃金上昇だけを捉え、発表直後にドルを買った。
ドル円は直近最高値の13円26銭を抜き、13円43銭を付けた。だが、‘北朝鮮が長距離ミサイルの試射準備を行っている’との報を受けて、ドルは敢え無く12円61まで反落した。
‘上値が伸びない割に、時間を食い過ぎてる・・・。そろそろドルの反落に備える必要があるのかもしれないな’
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https://real-int.jp/articles/1662/